短い銀髪の長身の男の姿をしていた。
彼が繰り出した手刀は、魔力の水をまとい、まさに刀のように鋭く伸びていた。
右手の手刀によってナイトブレードの体は貫かれていた。
左手の手刀、そこから伸びる水の刃はライカの方に迫っていたが、
・・・間一髪でライカは避けていた。
ナイトブレードの体はそのまま水に包まれ、そして・・・・。
グシャァ!!
一気に圧縮され、原型をとどめなかった。
「・・・・」
ウォーバルは無言で手刀を引き抜くと、水と残骸が地面に落ちた。
「この程度の攻撃を避ける力はあるようだな」
ライカの方を見てそう言い、ウォーバルは戦闘態勢を解いたようだった。
ライカは不満そうな顔で、何かを言おうとしたが、
一瞬早く、先に口を開いたのはファイレーンだった。
「どういうつもりですか?ウォーバル」
当然と言えば当然だが・・・ファイレーンは不機嫌さを隠すこともなくそう問いかけた。
しかしウォーバルはまったく気にしていない様子だった。
「任務のため近くまで来ていた。
グランザを倒したという勇者がいると聞いて、その力を見に来たまでだ」
「私のモンスターを壊す必要ありますか?」
「最初の決着で、勇者との力の差はハッキリした。
あれ以上何度続けても結果は変わらない。だから時間の無駄と言った」
「だからと言って、私のモンスターを勝手に壊す権利はないはずです」
そこで、初めてウォーバルはファイレーンに目を向けた。
鋭い目で睨みつけ、
重く、威圧を込めた声で答える。
「知ったことか。俺は強者にしか興味がない。
文句があるなら・・・貴様の大事な実験体とやらを、俺が全部テストしてやってもいいぞ。
全て破壊されることになるがな・・・」
「・・・・・・」
ウォーバルとファイレーンは、同じ四天王同士だというのに、お互いに殺気を隠すことなく対峙した。
◆
「ハッ?お前のモンスターを突然現れた俺がいきなり壊す!?なぜだ!?」
時間をさかのぼり、グランザが倒された後の作戦会議にて。
ウォーバルは思わず声を上げずにはいられなかった。
「意味が分からん。お前のモンスターがそんなに勇者といい勝負できるなら、そのまま何度も回復させて戦えばいいだろ!?」
「そうだよ。それに、いきなり現れて倒すなら、勇者の方に攻撃すればいいじゃん」
ウォーバルとシルフィアの突っ込みに、ファイレーンは目を閉じてフルフルと首を横に振った。
「ダメです。
まず理由は一つ。
私のモンスターは速さに特化して、グランザとはタイプの違う強敵として印象付けるつもりですが、私がどんなに頑張っても、勇者を倒すほどにはならないでしょう。
そんな簡単に勇者を倒せないからこそ、今こうして慌てているわけですし。
そして理由はもう一つ」
ファイレーンは部屋の中をカツカツ歩きながら続けた。
「さっきも言いましたが、グランザが倒された直後の今の状況で、だまし討ちや数の力で勇者を倒しても、我々魔王軍の士気が下がります。
まあ、それで倒せるならまだいいでしょうが、最悪なのはそこまでして倒せなかった時です。
魔王軍内でも人間たちにとっても、魔王軍は卑怯な手を使っても勇者に勝てない、と思われることになります」
ウォーバルはその言葉に・・・と言うより、それに強く反論できない自分自身に対してかも知れないが・・・苦々しい顔をしたが、議論自体は前向きに進めようとした。
「ハッ!だから、まずは俺たちがグランザ以上の難敵だとアピールしよう、って作戦なんだろ?
だからこそ、何で俺がお前のモンスターを攻撃しなきゃいけないんだよ。
ただのおかしな危ない奴じゃねぇか!」
「それですよ!!!」
ウォーバルはファイレーンを威嚇する勢いで問い詰めたのだが、
予想外にファイレーンが即座に、全く気後れすることなく答えてきたので、逆にびっくりして黙ってしまった。
ファイレーンは続ける。
「単純な強さ以外でヤバい敵だとアピールする!
そのために、私とウォーバルは『危ない奴』になるんです!」
ファイレーンは自分の胸に手を置き、
「私は人間もモンスターかまわず命を弄ぶ狂気の錬金術師!」
そして次はウォーバルの方を指さして
「そしてウォーバルは、強さだけに興味を持ち戦いを求める、敵味方かまわず自分の好きなように振る舞う戦闘狂!」
「どっちも狂ってるじゃねーか!!」
「それが必要だって言ってるじゃないですか!」
ファイレーンとウォーバルがヒートアップしだした。
「そんな職場やだなぁ」
シルフィアは、自分『人間のふりして勇者と仲良くなる作戦』の話はすでに終わっているので、半ば傍観者気分でのんきにそう言った。
しかし、ファイレーンもウォーバルもシルフィアの事は気にしてもいない。
「いいですか?
これでも私は、ウォーバルの性格に合わせた、できるだけ無理のない作戦を考えたんですよ。
ウォーバルは元々武闘派で、その戦闘力、それも主に強力な敵との1対1の戦いが専門分野で、それを誇りにしていますよね。
しかし、グランザが現れてから、最初は自分の方が強いと自負していましたが、数々の実績や、時々訓練と称して直接手合わせしたりした結果、決定的な決着がつかないように上手く立ち回っていましたが、最終的にはグランザの方が強いことをハッキリと認識しましたよね。
でもそれを周囲には気づかれないように振る舞うほど、自分の力にプライドを持っていますよね」
ファイレーンはペラペラと喋り上げた。
要するに普段のウォーバルとあんまり変わらないでしょう?と言いたいのだろうが、
途中からウォーバルの悲しいような恥ずかしいような胸の内を暴露するような内容になっている。
ウォーバルはさらに苦々しい顔になったが、図星でもあるようで何も言えなかった。
「それを活かして戦闘狂キャラです!
戦闘狂と言っても、だれかれ構わずケンカを売るタイプもありますが、今回はどちらかというと武人タイプですね。
強さだけを求める求道者。
戦闘力は四天王の中でも最強ですが、グランザの実力にも一目置いていて、
いつか本気で戦おうと思っていたけど、グランザが勇者に倒されてしまう。
そこで、勇者の実力を見に来て、自分の期待に添えるかを確かめようとした」
ファイレーンは、今思いついたのだろうか。ペラペラと作戦上の設定を話し続ける。
「他の四天王、私とシルフィアの事は、戦闘専門じゃないと思って特に気にしてはおらず、敵対しているわけではないが、自分の欲求の邪魔になれば平気で攻撃でもしてくる」
そこでファイレーンは両手をパンッと合わせた。
「という感じを初登場時にアピールできれば、『なんかグランザより強くて危なそうな奴が出てきた』と思わせられるわけです。
そのための演出として、『仲間の四天王のモンスターなのにいきなりぶっ壊す』という初登場シーンが必要なんですよ。
勿論、強さをアピールするためには、言葉だけでは足りません。
私のモンスターが勇者を苦戦させるほど強い必要があります。
そしてその上で、ウォーバルがそれをアッサリ倒すことで、『この四天王・・・強い!』となるわけです」
流石にしゃべり疲れたのか、ファイレーンは、フゥ、と一息ついた。
「そんなに上手くいくかなあ」
シルフィアは、この会議が始まってから何度目かになる言葉を投げかけた。
「もちろん、簡単ではありません。
私のモンスター作り、そして、我々三人の演技力次第です」
そこでファイレーンは言葉を止めてウォーバルの方を見た。
「・・・・・」
ウォーバルはだまって空中の何もないところを見つめていた。何か考え事をしているようだ。
その様子を見て何か思ったのか、ファイレーンは一言付け加えた。
「ちなみに、私のモンスターにはそんなに高度の命令は出せないので、演技とかはできません。
『私のモンスターをアッサリ倒す』のはウォーバルが自分で頑張ってくださいね」
「・・・・ハッ、わかったよ」
その言葉が影響したのかどうかは分からないが、ウォーバルはその作戦を受け入れたようだ。
「あと、シルフィアも。
その前の勇者とモンスター達が戦う時も、モンスターはシルフィアを本気で狙ってくるので、正体を悟られないように実力を隠して頑張ってくださいね」
「ええっ!?」
自分の話は終わったと思って油断していたシルフィアは、突然とても面倒なことを言われて抗議の声を上げた。
◆
こうして作戦通り、ファイレーンとウォーバルは、険悪な殺気を放ちながらお互い睨み合いを続けていた。
(いいですよ!ウォーバル!登場の仕方もバッチリ!!)
ファイレーンは心の中でそんなことを考えている。
そして・・・・
「フン、まあいいでしょう」
作戦通り、ファイレーンが先に折れた形になった。
「ここであなたと争っても何の得もありません。私の目的はすでに果たして―――」
練習通りのセリフを言おうとして・・・・
ファイレーンはギョッとした。
「うぉらぁぁぁあああ!!!」
さっきまで話を聞いていた勇者ライカが、一瞬で近寄りファイレーンとウォーバル二人まとめて斬り払おうとしたのだ。
「「!!!!」」
間一髪で二人ともその剣を避けるが・・・・
「敵の前で仲良くおしゃべりとは余裕だなぁ!!なめてんのか!!!」
ライカが怒号を上げている。
話を最後まで聞いてくれないなんて想定外だった!
(そう言えば・・・・)
ファイレーンはシルフィアからの報告を思い出していた。
(勇者は狂犬みたいに喧嘩っ早いって言ってた!!!)
狂った奴がこの場に三人になってしまった。
ファイレーンは、何とか作戦通りに進める方法を考えようとした。