「いらっしゃい、待っていたわ!」
王妃アナスタシアのハグをマオは両手で受け止める。
事前にリオンに教えてもらっていたので、気持ちの準備もばっちりに対応出来た。
「よろしくお願いするです、王妃様」
「アナと呼んでいいわ。綺麗な黒髪ね」
躊躇いもなくアナスタシアはマオの髪に触れる。
嫌悪するでもなく慈しみを感じられるその触れ合いに、マオはなんだかこそばゆいようなじれったさを覚えた。
母にもこのような事はされたことがない。
人との触れ合いとは何と温かく心地よいものかと思わず目を細める。
「母様、満足しましたか? あまりマオに構ってばかりだと父様が拗ねてしまいますよ」
リオンの促す方を見ると、国王らしき男性がマオと王妃のやり取りを見て寂しそうにしている。
(リオン様にはあまり似ていないですね)
血縁とは言ってもマオも兄とはあまり似ていないなと思い出し、実際はそんなものなのかと思った。
「初めましてアルフレッド様、マオというです」
変に着飾ることなどせず、いつも通りの口調で国王にも挨拶をする。
ありのままでいいとリオンに言われたし、最初が肝心だ。
取り繕った仮面でずっとここで過ごすのはごめんだし、途中で放り出されるくらいなら素を出して今追い出してもらった方がいい。
「元気な子だな。健康が一番」
マオが思う以上にアルフレッドの受け入れは早かった。
リオン同様咎める素振りもない。
「マオ王女、ここを実家だと思ってくつろいでくれ。快適かはわからないが、人質扱いをするつもりはない。第三王子であるリオンの妻である君には他の王子妃とは違う仕事となるけれど、頑張って欲しい」
「?」
そうなのか。
王子妃の仕事なんて触れたこともないし、シェスタでも習っていないからわからない。でもさすがに何もしないわけにはいかないようだ。
「お昼寝さえ出来ればいいのですよ」
「勉強が終われば多少出来るだろう、リオンは主に外交などの他国との交渉や第一王子エリックの補佐をしている。マオ王女にもその辺りをお願いしたい」
思いもがけない内容にリオンを見る。
「サポートはするし、兄様達のお嫁さんもいるから仕事量的には少ないよ。一緒に頑張ろう」
若干はめられた感が否めない。
「嘘つき……」
恨みがましい目で見上げれば、リオンはいつもの笑顔で返してくる。
「昼寝の時間は設けるし、おやつもつける。外交に行くとその土地ならではの名物も食べられるし、急ぎの場合はグリフォンにも乗れるよ。甘味やもふもふは嫌いかな?」
「……好きですが」
言いように転がされるのがたまらなく腹が立つ。
「ですが、ぼくはまともな教育を受けていないです。公用語もろくに使えないし、本来は王女ですらないですから」
「どういう事?」
アナスタシアの問いかけにマオは今までの境遇を話した。
「そんな大変な苦労を!」
そう言って滂沱の涙を流すのは、まさかの国王アルフレッドだ。
「ここに来たからには大丈夫よ。誰もマオさんをいじめたりしないからね」
アナスタシアマオをぎゅうぎゅうと抱きしめ、リオンはそれを困ったような表情で見つめている。
「母様、その役目は僕に譲ってくれないかな? 僕もマオを抱きしめたいんだけど」
「あら、あなたはこの後いつでも出来るでしょ? 私には今しかないのよ。このあと大急ぎでお披露目の準備をしなきゃいけないんだから」
「え?」
アナスタシアの言葉にマオは目を丸くする。
「三人のお嫁さんが揃ったんだから、顔合わせも兼ねたお披露目をしないといけないわ。皆いい子で可愛くて安心したのよ」
マオはそれを聞いてぞわりとした。
戦の後だから、結婚式やパーティはしないと聞いていた。
派手な顔合わせはせず、書簡で済ますのだと安心していたのに。
(やっぱり話と違うです!)
マオは頬を膨らませ、ジト目でリオンを睨みつけるなどするが、もうどうにもこうにも出来ない。