「家族とおっしゃって頂き光栄ではありますが、私は人質の身です。そこまで甘えるわけには」
王妃のアナスタシアの言葉は嬉しいが、まだそこまで絆を強く出来たわけではないので気が引けてしまう。
「真面目な子が多いわね、まぁ息子たちも見る目があったってことかしら」
アナスタシアは嬉しそうに微笑む。
「息子を裏切ることがなければそれでいいわ。ティタンがミューズさんを気に入っているのは、一目でわかるもの。ミューズさんも人質なんて思わずにいて頂戴、大事な息子のお嫁さんを私達は歓迎しているのよ」
アナスタシアの言葉は嘘とは思えないが、ミューズ達が行なった事への負い目もあるし、どうしても素直には受け入れられない。
「ですが我がセラフィム国は何の責もないアドガルムへと攻め入りました。民や街への被害を思うと、甘えなど許されません。そしてティタン様への無礼を考えれば、この命がいくつあっても足りません」
弟妹達のしたことはけして誤魔化せるものではない。
ミューズは包み隠さず行なってしまった罪を説明し、懸命に謝罪をした。
「無事だからいいんじゃないか?」
アルフレッドのその一言にミューズは唖然とする。
「傷も治してもらったし、何よりティタンが許したとしたらこちらからいう事はない。ただそのような薬物の禁止はしなければいけないが、懸念はそれくらいだろう」
「で、でも」
そんなあっさりとでいいのだろうか。
王子に対して大変な事をしでかしたのに。
「それよりも息子を大事に思う人が出来た方が嬉しい。最初はどうなることかと思っていたが、丸く収まって良かった」
セラフィムの王女は大人しく穏やかだと聞いていたから、本来おおらかなティタンと馬が合って本当に良かった。
諸事情もあり、どうしてもティタンには早く婚姻を結ばせる理由があったのも大きい。
「自分を責める気持ちはわからなくもないが、ミューズ王女の一存で戦が始まったわけではない。考え込みすぎなくていいんだ。だから聞かせてほしいのは君の本音だ、ティタンをどう思う?」
優しくアルフレッドに問われ、ミューズはティタンを見る。
会って数日だ。
そんな本音など急に聞かれても困る。
「いい人だと思います」
無難な言葉しか出てくるわけがない。
「嫌っているわけではないならいいんだ。王子妃としてこれからここで共に過ごしてもらうようになるし、勉学なども頑張ってもらうようになるだろう」
「それは承知しております。誠心誠意ティタン様へ仕えますわ」
「仕えることはない、俺は対等な立場でいたいんだ」
ミューズのどこまでも生真面目な言葉に、たまらずティタンは諫めた。
「妻として伴侶として俺を支えてくれ。俺もミューズを支えていく。だから、そんな義務的な事を言わないで欲しい」
緊張した面持ちでティタンは真っすぐにミューズに伝えた。
「端的に言えば、俺は君に惚れている。この婚姻を義務だけで済ませる気はない」
はっきりとした愛の告白であった。
始めは意味を測りかねていたミューズだが、その言葉を頭で反芻する内に顔が赤くなってくる。
「この結婚は国同士の繋がりで、私は人質で、政略結婚でここにきて。でも、義務ではないって。それは、私を好き、ってことなのですか? 惚れてるって冗談ではなく?」
言葉がうまく紡げなくなったミューズは、たどたどしくティタンに聞き返す。
「そうだ。そうでなければ触れないし、連れて帰ってくることもなかった。今更帰りたいと思っても遅いからな、ミューズが何でもするなんていうから、歯止めが利かなくなった」
自分のした事が恥ずかしくなったのか、最後はやや拗ねたように言われる。
(何がどうして、こんな事に?)
異性から初めてこのような告白をうけて、もはや矜持も体裁も保てない。
思い返せばティタンは行動でも好意を示してくれていたのだが、こうして言葉に出されてしまうと、愛情から目を逸らすことが出来なくなってしまう。
ミューズは熱くなる頬を押さえ、立ち尽くしてしまった。