アドガルムの王城を見て、ミューズの緊張感が更に高まった。
馬車内で夫婦というものについて考え、意識し過ぎてしまい、いまだまともにティタンの顔すら見れていない。
遠慮がちにティタンが手を引いてくれてようやく歩き出せたところだ。
アドガルム王城はセラフィムよりも大きく、あちこちで騎士や術師も見かけるが、こうして見るだけでも戦力の違いを感じるし、何だか働いている者達も楽しそうに見える。
何よりティタンに対して皆が気軽に挨拶しているのに驚いた。
王族に対して馴れ馴れしい態度を取るなど、セラフィムでは考えられなかったからだ。
あちらでは空気もピリッとして、目に見えない明確な壁を感じるのが普通だと思っていたのだが、ここではそういう格差を感じられない、不思議だ。
かと言って敬愛を感じないわけではないので、何とも言えない心地だ。
確実なのはアドガルムはセラフィムよりも温かい。
気候ではなく人と人の心の距離が近く和やかなのだ。
上手くは言えないがティタンを見てると何となく分かる。
力は強いが、無闇に人を傷つけない。
弟妹達も見逃してくれたのは、ミューズを悲しませたくないからだとルドから教えてもらった。
本当はとても心根の優しい人なのだろうと、従者たちを見てもわかる。
ほんの僅かではあるが、前向きに考えられるようになっていた。
◇◇◇
「嬉しいわ。とっても可愛らしい娘が出来て」
王妃アナスタシアが歓迎の意を表してミューズを抱きしめる。
小柄なミューズはアナスタシアの豊満な胸に埋もれ、息が出来ない。
「く、苦しいです」
「あら、ごめんなさいね」
ようやっと力は緩めてもらえたが、まだくっついたままだ。
「図体の大きい息子にこんな妖精さんみたいなお嫁さんが来るなんて、生きててよかったわ。いじめられたらすぐに言ってね。私が叱っておきますから」
「ありがとうございます、王妃様」
「王妃様なんて、アナと呼んで頂戴。レナンさんにもそう言ったのよ」
「?」
初めて聞く名前だが、ティタンが補足してくれる。
「パルス国の第二王女の名だ。今回の戦で兄上が娶ることになった人で、俺も姿絵しか見ていない。けれどとても綺麗な人だな」
教えてもらえたのは嬉しいが、ティタンの口から他の女性を褒める言葉を聞いて、やや胸が痛む。
ミューズの眉間の皺に気づいたアナは、ミューズをティタンへと返す。
「駄目よティタン、奥さんの前で他の女性を綺麗なんて言っては。ミューズさんがヤキモチを焼いてるわ」
「本当か?!」
母の言葉にティタンは嬉しそうにミューズを見る。
「何でそんなに嬉しそうなのですか?」
妬いている自分をからかいたいのかと、ミューズは口をとがらせ、ますます拗ねてしまう。
「違う、嫉妬してくれるという事は俺を意識してくれてるという事だろ? 嬉しいな」
はにかむような笑顔を見せ、ティタンは喜んでいる。
あまりにも素直な様子に、些細な一言で嫉妬にかられた事が恥ずかしくなる。それくらいティタンは真っすぐだ。
「私が嫉妬なんて、そんなおこがましいです」
自分はただティタンに付き従うだけ、と心の中で何度も言い聞かせる。
そういう約束でここに来たのだ、愛情を求めすぎては後々に辛くなるだけだ。
「初々しくて可愛いな、ティタンもいい子を見つけて何よりだ」
その声にミューズは気づく、国王への挨拶がまだだったと。
「ご挨拶が遅れてしまい、大変失礼致しました」
ミューズは慌てる気持ちを抑え、改めて挨拶をする。
「親愛なるアドガルム国王アルフレッド=ウィズフォード=アドガルム様。挨拶が遅れ、申し訳ありません。私は……」
挨拶の途中で、アナスタシアに手を引かれる。
「堅苦しい挨拶はいいのよ、もうあなたは家族なのだから」
「ですが、王妃様」
「アナと呼んでってば」
強調され、ミューズは素直に身を引く。
「アナ様。陛下への挨拶は必要かと思いまして」
「良い。アナの言うとおりだ、楽にしていいのだぞ」
アルフレッドからも促され、ミューズは困ってしまう。
このような事は初めてだ。