「父上。もう人質とか政略だとか言うのはお止めください。そのつもりはないと何回も言ったでしょう」
エリックの冷たい声と視線がアルフレッドに向けられる。
「もう人質などいらない程に、パルスには力を見せつけてきました。あれを受けてまでアドガルムに攻め入ろうとは思わないはずです」
「どういうことだ?」
二コラが言いにくそうにパルス国での出来事をアルフレッドに伝える。
「報告が遅れてすみません」
平謝りのニコラと対照的に、悪びれもしないエリックにアルフレッドは卒倒しそうだった。
「何てことを! 折角穏便に済ませようとしていたのに」
「戦を仕掛けてきたのはパルス国です、今更穏便になどという事はないでしょう」
父の嘆きなどどこ吹く風で、エリックは淡々と言うばかりだ。
(そもそも父親とはいえ、国王に向かってこんなに言い返して良いのかしら?)
レナンの常識では考えられないやり取りの連続に、頭が痛くなってきた。
「レナン疲れたか? 今日はもうゆっくりするといい。部屋の用意は出来てる」
頭を押さえるレナンを気遣って、エリックは退室しようとする。
些か解決していないような気はするが、エリックは早くレナンを連れていきたいようだ。
「待て待て、まだ話は終わっていない」
息子にいいように振り回されてしまったが、言わねばならないことはまだある。アルフレッドは咳ばらいをして、レナンを真っ直ぐに見つめた。
「色々と話したが、アドガルムはレナン王女を歓迎している。これからはエリックの妻として王太子妃となり、この国を支えてほしい。大変だとは思うが私達も助力を惜しまないので何でも相談してくれ。この国とエリックを頼むよ」
「はい。わたくしでよければ、出来る限り頑張りたいと思っています。よろしくお願いいたします」
まさか国王直々に王太子妃と言われるとは。
(本当にわたくしでいいのかしら)
不安は尽きないけれど、こう言われては頑張るしかない。
「ちなみに側室の方はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
折角だからその方にも協力を仰がないとと、レナンは所在についてを質問する。
アドガルムに来てそのような女性にはまだ会っていないからだ。
パルスや他国などでは側室がいるのが当たり前で、王妃と側室で仕事を分担したり負担を減らしたりなどする。
世継ぎの問題にしてもいた方が安泰だ。
「アドガルムの王族に側室はいない。今まで必要とはしていなかったし、これからも必要はないだろう」
アルフレッドの言葉を聞いてこれが文化の違いなのかと、レナンはまた驚いた。
自国の常識とは違う事がまだまだあるかもしれないが、少しだけ安心してしまった。
好きな人の愛情を独り占めできるのは、やはり嬉しい。
だが、エリックとしてはどう思っているのだろう。
そう思って彼の顔を見ると恐ろしい目つきを向けられていた。
「レナンは俺が側室を娶ると思ったのか? 君以外を愛すると」
何がエリックの怒りに触れたかはわからないが、怒っているのは確実だ。
「俺が愛するのは君だけだ、それとも君は俺が他の女のもとに行っても構わないというのか。俺は独占する価値もない男だと?」
「いえ、そういうわけではありません」
エリックに掴まれてる手がとても冷たい。
自分も凍らせられてしまうのかと死を覚悟した。
「では、二度とそういう事を言わないように。俺は君のもので、君は俺のものだ。もう逃がさないし逃げられない、俺から離れられると思わないように」
囁かれた内容は常軌を逸している。
助けを求める視線はアルフレッドすら受け止められなかった。
「だから、大丈夫かなって心配したんだけど……」
(もっと早くに止めてー!!)
止める者のいない中、レナンは心の中で叫ぶしかできなかった。