「よく来てくれたわ!」
会った瞬間に熱烈なハグを受け、レナンは固まってしまった。
歓迎してくれたのはここアドガルム国の王妃、アナスタシアだ。
エリックに似た綺麗な金髪と美しい顔立ちをしていて、そしてとても若く見える。
「王妃様、初めまして。わたくしはパルス国から来たレナンと申します」
既に婚姻はしているのでどの家名を名乗ればいいのかわからず、名前だけを伝える。
「そんな堅苦しい挨拶はいらないわ、私のこともアナって呼んで頂戴な」
人懐っこい笑顔にレナンはホッとする。
冷遇されることはなさそうだ。
「レナン王女」
声を掛けられ、レナンは焦りで身を固くする。
先に挨拶すべき人を忘れていた。
レナンが口を開くよりも早く、アナスタシアに抱き着かれたのだから、挨拶が遅れても仕方ないかもしれないが、その相手が国王だから問題なのである。
エリックの父親でこの国の国王アルフレッドが、エリックと同じ翠の目をレナンに、向けていた。
「挨拶が遅れて申し訳ございません」
慌てて挨拶をするが、アルフレッドからの言葉はない。
(怒られる!)
初めての顔合わせなのにとんだ失態を犯したと、レナンは不安になった。
けれど、アルフレッドの口から出た言葉はレナンの想像と違うものだ。
「いいの? こんな美人で素直そうな子が来るなんて思ってなかったんだけど、本当にエリックで大丈夫?」
砕けた口調と心配そうな言葉を掛けられ、訳が分からないレナンもおろおろとしてしまう。
「父上、レナンを不安にさせる言葉はお止めください。それと母上、そろそろレナンをお返しください。彼女は俺のものです」
強引に肩を引いて、エリックは自らの腕の中へとレナンを収めた。
牽制するように威嚇する息子に、アルフレッドはますます心配そうだ。
「好きに選べばいいと言ったが、レナン王女は嫌ではないか? その、エリックは我が儘が過ぎるし、事前に聞いた話ではだいぶレナン王女を気に入っていると聞いている。王女の本心はどうなのだ? もしエリックが気に入らなければ、パルスに戻っても大丈夫だけれど」
気遣いの言葉なのか追い出したいのか、真意はわからないが今更帰れと言われても困る。
残してきた母は心配だが、もうパルス国にレナンの居場所はない。
「何を勝手な事を。あなたがパルス国の王女を人質として娶れと言ったのではありませんか」
エリックが不快そうに眉間に皺を寄せている。
「いや、何だかとても可哀想に思えてな。こんな綺麗な良い子が、エリックの偏執的な愛を受けると思うと忍びなくて」
(何だろう、何を揉めてるの?)
国王が心配している理由がよくわからない。
自分は人質の意味合いで来たので、どんな扱いを受けようが気遣われることなどないとも思っていた。
馬車内でのエリックの発言もだが、国王夫妻の言動も行動も何かおかしい。
甘やかされ、気遣われて、歓迎されている。
当初の説明とまるで違う事に戸惑いしか出てこない。
「あの……わたくしはパルス国がアドガルム国に攻め入らないようにと差し出された、人質ですよね? これは政略結婚で、仕方なしに結ばれたものでしたよね?」
二人の間を割くように勇気を出して声を掛けた。
アドガルムからのパルスに提示された内容はそうだったはずだ、パルス国国王もそう言っていたし。
「違うな」
国王ではなくエリックが否定をする。
「当初はそうだったとしても、今は意味合いが変わってる。父上にも宣言したが、俺はレナンを愛している」
「愛っ?!」
思わず淑女らしからぬ大声が出た。
(愛してる? そんな事を実の父親に堂々と言ったの?! 今だって周囲に護衛の騎士や侍女達がいるのに!)
周囲に目線を移せば皆に逸らされる。
このやり取りをどういう思いで見ているのか、確認するのが怖い。
「そこだ。最初はレナン王女の言うように、人質として政略結婚をさせるはずだったのだが、それがこんな事を言うようになって。気が狂ったのかと思って心配したが、常に側にいる二コラに聞くと正気だっていうし。何がどうあって、レナン王女はエリックをここまで変えたんだ?」
アルフレッドの問いかけに言葉も出ない。
(わたくしだって知りたいわ)
元からこういう人ではないのか? 一体どういうことなのかさっぱり過ぎて、レナンは困ったようにドレスを握るばかりだ。