マオは馬車の中で静かに眠ったふりをしている。
リオンの膝枕を受け、時折優しく髪を撫でられた。
「着いたらこの綺麗な黒髪に何を飾りつけようか。猫が欲しいって言ってたな、何色の猫がいいだろうか。マオと同じ黒の子も可愛いだろうな」
マオが眠っていると思って呟かれる独り言は、全てマオをいかにして甘やかすのかというもので占められていた。
(重すぎるのです)
今リオンが呟くことを全て叶えられたら、マオは一生かけてもリオンに返すことなど出来ない。
何もないマオにここまで執着するリオンが不可解過ぎて辛い。
見返りのない愛など、家族以外から受けたことなどなかった。
(兄さん……)
無理矢理引き離された唯一の家族を思うと涙がこみ上げてしまう。
いつも優しく、少ない食べ物をわけてくれて、自分の為に何でもしてくれた。
生きるための処世術も教えてもらえたので、厳しい王城でも生き残れた。
ただ反発だけしていたり、下手に有能さを出していたら病死という名の暗殺を受けていただろう。
馬鹿の振りをして、無害を装っていたから生き延びれたのだ。
「怖い夢でも見たかな?」
マオの流れる涙を感じて、優しく拭う。
「大丈夫、これからは僕がいるからね」
猫のように丸まる彼女がとても愛おしい。
物怖じしないし、破天荒な言葉遣いと態度だが、リオンはいたく気に入っていた。
花嫁を選ぶ際も他の王女に同調することなく、一人リオンに会ってくれたのも好感がもてる。
幼いころより兄と比べられて生きてきたリオンはそれだけで嬉しく、他の令嬢のように宝石やドレスをねだることもしないマオが無欲に思えた。
(お昼寝をしたいなんて、可愛いお願いじゃないか)
きっとこの子はその名の通り猫なのだろう。
気まぐれでぐーたらで、それでいて確固とした信念がある。
この子になら振り回されても面白そうだ。
「さて、アドガルムに着いたぞ。先についた兄様達はどうしているかな」
これから会える義姉達もどのような人か楽しみだ。
皆で仲良く過ごせることを祈り、変わらぬ街並みをリオンは見遣る。
リオンの言葉にマオは寝たふりから起きる。
「着いたですか?」
「もうすぐだよ」
寝たふりなど気づいていたがリオンは何も言わず、外を見るマオの横顔を見つめる。
見知らぬ土地、見知らぬ街並みにマオは興奮が止まらない。
リオンに捨てられたらこの街でしばらく過ごさなきゃいけないのだ。
熱心に街並みを見ているとリオンに後ろに引っ張られる。
「あまり力をいれるとガラス割れてしまうよ、落ち着いて」
「失礼したのです……」
窓に押し付けていたマオの鼻先が赤くなっていた。
「今度いきたいところに連れて行ってあげるから、もう少し待ってね」
リオンの蝶がマオの鼻に止まると赤みが引いて元の肌色に戻る。
どうやら回復魔法らしい。
「便利で、羨ましいのです」
「マオに喜んでもらえて良かったよ」
リオンがその勢いのままマオの額にキスをする。
マオは頬を赤らめることもしない。
リオンから受ける愛情は愛玩動物が受けるようなものだと感じていたからだ。