ようやく見えたアドガルム国にミューズはホッとする。
道中は長く、途中で宿に泊りながらやっと着いたのだ。
宿ではルドとライカがミューズのために寝ずの番をしたり、セシルが疲れの取れる薬湯を淹れてくれたりと、至れり尽くせりだった。
ミューズと共に来た侍女のチェルシーにも、彼らは真摯に接してくれ、とても優しかった。
従者たちは皆所作から貴族の出であることが伺えた、そして皆ティタンを慕っているのが感じられる。
そんな彼らをティタンもまた信頼してるのが見て取れて、羨ましく思えた。
セラフィム国ではミューズと対等に振舞えるものはほぼ居なかった。
長女として、王女として頼られるばかり。
あのように仕事を任せられる程の信頼関係を築けたものなど、自分にいただろうか。
「いいなぁ」
ぽつりと呟いた言葉はティタンに届いてしまったようだ。
狭い馬車の中、ティタンの膝の上では聞こえて当たり前なのだが。
「何か欲しいものでもあったか? 言えば可能な限り用意するぞ」
簡単に言うティタンにミューズは首を振る。
「多大な迷惑をかけた私が望むものはありません。あなたにただ従うだけです」
「城についたら甘いお菓子を用意させる。好きなんだろ? チョコレート」
「え?」
自分の好物を突然言われて驚いた。
そんな話をした覚えはない。
「チェルシーから聞いた。他にも恋愛小説やふわふわした生き物が好きだとな」
(チェルシー!!)
侍女の口の軽さに、ミューズはクラっとする。
その体を支え、ティタンは嬉しそうにしていた。
「遠慮せずに欲しいものや好きなものを言っていいんだぞ? 妻を甘やかすのは夫の役目だろ」
妻と夫。
今更ながらその事実にティタンを見る。
「私達夫婦になるんですか……?」
「いや、もうなってるんだけど」
ミューズは抜け落ちていたその事実に大声を上げた。
「どうしたのですか?!」
ミューズの悲鳴に馬車は止まり、ルドが扉を開ける。
「いや、その」
何て説明していいかティタンにもわからない。
大声を出した後、ミューズはティタンの膝の上で両手で顔を覆い、耳まで赤くしたのだ。
「まさかティタン様」
ミューズに手を出したのではないかと、チェルシーが疑いの目を向ける。
「違う、これ以上の触れ合いはしていない!」
自分というよりミューズの名誉のためにティタンは否定をした。
「じゃあ何故?」
ライカの問いに、ティタンもわからず首を横に振る。
「夫婦に? そうだ、私、人質としていくだけではなかった……」
つまりは寝所を共にしなくてはいけない。
その事実に遅ればせながら思い至り、ミューズは再び羞恥で絶叫した。