「自由だー!」
アドガルムへ向かう馬車の中で、もらったお菓子を食べながらマオはわくわくしていた。
「馬車も初めてだし、国外を出るのも嬉しいです! 最高!」
「それは良かった。情勢が落ち着いたらどこか旅行にでも行かないかい? シェスタよりも気候が穏やかなところもいっぱいあるよ」
シェスタは昼は暑く、夜は寒い。正直マオはあまり好きではなかった。
だからリオンの提案は凄く魅力的であった。
「ぜひ行ってみたいのです」
絵本で見るような程よい気候の中で、木陰で昼寝とかしてみたい。
「うん、一緒にいっぱい行こう。通訳は僕に任せて」
共通語のないところでもリオンがその国の言葉を覚えると約束する。
終始にこにことするリオンにマオは不思議でならなかった。
なぜこんなに甘やかして、なぜマオの無作法を許すのか。
最初は嫌われるなら早いうちがいいと思っていたが、さすがに心配になる。
「どうしてそんなに優しいですか? なぜ怒らないのですか?」
「マオは怒られたかったの?」
変わらぬ優しい口調で逆に問われる。
「だってこんなわがままな言い方も態度も、普通の王族なら許されないですよ? 大声出すのだって、こんな変な言葉遣いだって」
平民としてずっと暮らしてきたマオの口調はかなりおかしい。
王族どころか貴族としても相応しくないのに、リオンは一度足りとて咎めていないのだ。
「別に二人の時くらいいいんじゃないかな? 僕は可愛いと思ってるよ」
リオンはマオを見つめ、手を握る。
「何だろうね、初めて会ったのに僕は君を甘やかしたくてしょうがないし、甘えてもらって嬉しく思ってる。マオのわがままを聞くのがとても楽しくて、幸せなんだ。離したくない」
甘やかしすぎる言葉に逆に怖くなる。
「……リオン様に返せるものなんて何もないのですが」
愛情だって芽生えるかどうかもわからない。
「返してくれとは思ってないよ。そりゃあマオから好きとか言われたら、飛び上がるほど嬉しいだろうけど、側にいてくれれば充分」
握る手に力が込められた。
リオンの手は細いが、意外と筋張っている。
やや女性的な線の細さを持つが、れっきとした男性だ。
間近で見るリオンはとても綺麗である。
長い睫毛が緑の目にかかっており、唇は常に弧を描き、笑みをたたえている。
長い青髪は真っすぐで、一つに束ねられていた。
真面目さと清廉さが表されてるようで、とても似合っている。
マオとは住む世界の違う住人だと改めて思えた。
(捨てられても文句はないですね)
自分と違い過ぎる人種にそんな諦めすら出ている。
この人はきっと物珍しさでマオを選んだのだ。
(選択肢も少なかったし、錯覚するのも仕方ないですね)
真実愛される人が出るまでだと、マオは心を閉ざす。
無為に傷つかぬように。
「愛してるよ、マオ」
初めて異性に言われたその言葉と、そっと頬にされた口づけは忘れないようにしようと心に刻み込んだ。