アドガルムへ向かう馬車に乗ったのだが、いざとなると凄く緊張してきた。
(えっと、とりあえず向こうに着いたらまず何からしたらいいかしら)
国王夫妻に挨拶をして、早くアドガルムの歴史や文化を覚えて、そして戦にならないように仲良くなって……色々な事が考えられる。
(もう戦だけはしたくない、悲しむ人を見たくない)
パルス国に有利になるような情報を流せと言われたが、圧倒的なエリックの強さに何も出来ない自国を見て、そのような事をしても無駄だと思った。
むしろここまでの強さを持っていて、今まで他国を侵略していなかったのが不思議なくらいなのに。
魔法だけでなくグリフォンを操ると聞くが、一体この人は何者なのか。隣に座るエリックをちらりと見た。
凄く綺麗な男性でしかも第一王子、きっと順風満帆な人生を歩んできただろうな。立太子はまだとは言え有力だと皆が話していたのを思い出す。
それ故レナンなんかに彼の妻が務まるわけないと何度も言われてしまった。
なのに当の本人は意にも介さないといった表情でレナンの手を取ってくれた。
「俺はレナン王女が好ましい。この婚姻は覆りません」
はっきり皆の前で言ってくれた程だ。
初対面なのにレナンをいっぱい庇ってくれたエリックの言葉と態度に、じんわりと目元に涙が浮かんだのは覚えている。
温かい微笑みと、優しい声音。
政略結婚で利用されるだけのはずなのに、勘違いしてしまいそうな程レナンに甘い言葉をかけ、優しくしてくれる。
レナンはすっかりエリックに心奪われてしまった。
パルス国の皆との最後の別れの様子を考えれば、レナンが母国に戻ることはないだろう。
寂しい思いはあるが、願わくば新たな生活は平和に過ごしたいものだ。
ついてきてくれたラフィアに感謝をしつつ、外に目を移す。
戻れない故郷に思いを馳せた。
◇◇◇
馬車に乗り隣に座るレナンを見て、エリックはホッとため息をついた。
レナンが来るのを今か今かと待っていた為、こうして一緒に居られることに安堵している。
(何事もなくこうしてパルス国から連れ出せてよかった)
多少妨害はあったものの、自分が渡したお守りも力を発揮することなく輝いているので、レナンの命を脅かす危険はなかったようだ。
政略結婚という出会いとはいえ、とても綺麗で愛くるしく、素直なレナン。
会ったその日にもう連れて帰りたかった。
(気弱そうに見えて自分の意見ははっきりと伝えてくれるしな)
見た目に反した芯の強さもまた気に入っている。
周囲から色々言われて萎縮してしまっていたが、伸び伸びとした雰囲気の中なら本来の聡明さが出せるだろう。
レナンならきっと自分のパートナーとしてふさわしい活躍が期待できる、そうエリックは確信していた。
少し話をしたけれど、国外の文化についても造詣が深いし、何より戦を嫌っているので、好んで戦を始めたパルスの者にしてはとても良識的だと感じた。
問題はあのいけ好かない第一王女だ。
まさにパルス国王の考えを継いでいて危険思想の持ち主である。あまり関わりあいを持ちたくはないが、また余計な事を企まないうちに何とかしなくてはならない。
その為には捕虜として捕らえている王子に協力を仰がなくては。
帰国してからもしばらくは忙しそうだ。
そっとレナンに内緒で今度は心配のため息をついた。