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第16話 謀る第三王子

「勘違いしてるようだけど、僕は人質として選んだわけではない。純粋に好意で選んだんだ」

 つまらなさそうな顔と声を王女達に向けながら、リオンは続ける。


「回復魔法も王女としての地位もどうでもいいんだ。僕は僕の妻になる人を自分で選べた、これだけで充分幸せだし、マオ王女に何かしてもらおうとは思わない。まぁ少しの責務はお願いするかもしれないけど、僕は第三王子で立場的にはとても低い。その王子妃になる彼女に激務をお願いすることはそうはないだろう」

 リオンはマオを見る。


「マオ王女は面倒な事嫌いでしょ?」


「大嫌いなのです」


「僕もだよ、気が合うね」

 優しい声掛けにマオは安心する。


「第三王子に生まれたんだ、程々の権力と程々の責務があれば僕はそれでいいんだ。戦いも本当は嫌いだし、どんなに頑張っても兄様達のようには天地がひっくり返ってもなれないって知っている。君たちは僕と結婚したいのではなくて、アドガルムに行きたいだけだろ?」

 王女達は本心を見透かされ、目を逸らす。


「浅はかだな。億が一でもこの国に来たのが兄様達だったとしても、君たちは選ばれなかった。心が醜いんだもの」

 たまらずグウィエンが噴き出したのが聞こえるが、誰も咎める余裕はない。


 自尊心を傷つけられた王女達はご立腹だ。


「何よ! 第三王子のくせに、弱いくせに、偉そうに!」

 悔しまぎれの言葉がリオンの琴線に触れた。


「弱いか。そりゃあ僕はエリック兄様みたいな頭の回転の良さも持ってないし、派手な金髪も綺麗な顔も持ってない。ティタン兄様のような恵まれた体格も、男らしい性格もしてない。けれど弱いは心外だ」

 リオンは息を深く吸い、吐き出した。それと共に無数の虹色蝶がリオンから現れ、城を覆いつくしていく。


「綺麗なものには……って言葉があるだろ、これらは毒があるんだ。ねぇ、致死量って知ってる? 一つ一つは大した事ないけれど、これだけあればどうなるかわかるかな。 まっ、僕の匙加減で簡単に猛毒にも変えられるんだけど」

 その言葉に皆が一斉に虹色蝶を避けて逃げ惑った。


 だが蝶は既に城中を飛び交い、どこにいても、逃げることなど出来そうにない。


 切ろうが燃やそうが、どんな攻撃をしても一時的に霧散するだけですぐに元の姿へと戻る。


「その気になれば、僕はこの城くらい落とせるんだ。聞こえてるかな?」

 もはやリオンの言葉など王女達には届いていない。


 阿鼻叫喚の光景がそこには広がっていた。


「どうするのですか? これ」

 リオンの従者カミュがこのパニックに呆れていた。


 護衛術師のサミュエルは無言で肩にとまる蝶を愛でている。


「どうしようね。まさかこんな簡単にパニックになるなんて。さて、どうやって収めようかな」

 リオンの言葉にマオも首を傾げる。


「まともに話が出来るものが居ればいいのですが」

 国王夫妻も話など出来ないくらいに慌てていた。


「俺でよければ謝罪する、だからこの蝶を仕舞ってくれないか?」

 そう話しかけてきたのは、王太子のグウィエンだ。


「面白い魔法だ、このような物は初めて見た」

 臆する事なく蝶に触れるグウィエンは肝が据わっている。


 近くに来たグウィエンはとても背丈が高く、リオンが思わず見上げるくらいだ。


(ティタン兄様くらいはありそうだな)

 戦ったらどちらが勝つのかなと不謹慎な事をつい思ってしまった。


 そんな考えを押し込めてリオンはにこりと笑みを作る。


「お褒め頂き嬉しいです。ではこの蝶を仕舞ったら約束通りマオ王女をアドガルムへと連れていきますね」


「勿論、約束だからな。俺が許可しよう」

 グウィエンの言葉を聞いて、リオンは蝶を呼び寄せる。


 あっという間に蝶達はいなくなり、人々は腰が抜けたように座り込んだ。


 もとより毒など仕込んではいなかったのだけれど、緊張と恐怖で呆然としてしまったようだ。


「感謝する、リオン殿。これで皆少しは懲りただろう。人をむやみやたらに馬鹿にするものではないと」

 グウィエンは馬車まで見送ると言って二人の隣に並んだ。


「悪かったな、妹達はどうも拘りが強くて。強い男がいいなんては個人の自由だが、見た目重視過ぎてな」


「実際僕はそこまで強くないので、王女達の言葉は本当の事ですよ」


「何を言う。誰もリオン殿の攻撃に太刀打ち出来なかったではないか。リオン殿は充分強い方だ」


 グウィエンの言葉に裏はないようで、逆にリオンは照れてしまう。


 真っ向から褒められて嬉しくないわけはない。


「大体この国の考えがおかしいんだ。騎士と聖女などの慣習なぞ、もはや古い、過去の話だ。人には適性がある、女だから男だからとか拘るものではない」

 周囲に人がいないのを見て話しているが、この国の王太子っぽくない言葉だ。


「マオもこの窮屈な国は出るべきだ、父上の気まぐれで連れてこられて、さぞ苦労しただろう。自由になるといい」

 グウィエンが言うにはマオはこの国の王族の血を引いていないという。


「父は昔捨てた愛妾に懺悔したかっただけだ。巻き添えを食らったマオにはいい迷惑だったろうに」

 愛妾の子に少しでも楽させようとしたのだろうけど、平民が急に王族としての教育を受けるのはとても厳しく、マオが辛く当たられていたのは知っていた。


 ここを離れ、少しでも解放されればとグウィエンは願っている。


「グウィエン様、ありがとなのです。あなたが優しかったのは知ってたですよ」

 マオは頭を下げた。


「侍女長のフランが教えてくれたです。あなたがいつも気に掛けてくれていたと」

 フランだけではなく、グウィエンの助けもあったからマオの生活はそこまで辛いものにならなかった。


 感謝してもし足りない。


「知っていたか。まぁ女の子が困るのは忍びないからな」

 ぽんぽんと頭に手を置かれる。


「もう少し胸が大きい方が俺の好みだから手は出さんが、リオン殿のところで幸せに……」

 なれよ、という言葉の途中でマオの拳がグウィエンの腹に刺さる。


 リオンはそれをただ冷ややかな目で見つめ、とりあえずグウィエンを要注意人物として認定した。



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