ミューズの弟妹の言葉にルド達は動揺する。
もしもティタンと戦うなんてなったら、自分達では勝てないと知っているからだ。
(部下と戦うなんて、そんな事するわけがないだろうが……)
破天荒な言い分を聞いてティタンは心の中で反論するが、確実に自我が薄れてきていた。
セシルの魔法と薬でまだ何とか意識は保てているが、頭の中がざわざわと煩く集中が出来ない。
ずっと何かの言葉が響いており、どこかに誘導されそうな感覚がして、酷く不快だ。
無くなりそうな意識を何とか繋ぎ止めながら、ティタンは止むなしと歯を食いしばって取り出した短剣で自分の腕を突いた。
「?!」
周囲のもの皆その行動に驚き、悲鳴が上がる。
とうのティタンは声を上げることなく痛みに耐え、短剣から手を離した。
流れる血と痛みで少し意識が覚醒したのか、ティタンの目に力が戻ってくる。
「さて、どうしてくれようか」
ゆらりとティタンは立ち上がった。
腕の一本使えなくても、大した訓練も行なっていない王族や実戦経験の少ない近衛兵達など、ティタンの敵ではない。
意識を失う前に皆殺せば操ることなど出来ないだろうと、考えの回らない中で躊躇いもなく腰の長剣を抜き放つ。
力を見せつけるように剣を振り下ろし、目の前のテーブルを粉々にした。床も抉れ、無残に茶器もクロスも飛び散る。
片腕一本でそんな事を行なえるティタンの膂力に怯え戸惑う弟妹たちを庇って、ミューズが両手を広げて立ち塞がる。
「私が責任を持ちます、ですから弟妹たちをお許しください」
この人は傷つけてはいけないとティタンは朦朧としながらも切っ先を僅かに下げる。
「許されると思うか? 薬物を盛り、このような愚行に出たことをどう落とし前をつける?」
ティタンの怒りの声にミューズは焦りしか出なかった。
「何でも、私に出来る事なら何でもします」
「何でも? あなたに何が出来る」
据わった目でミューズは問われた。
「あなたのその傷を癒せます、おそらくここにいる誰よりも早く」
ティタンの傷は大事な筋などは傷つけていないものの、軽いものではない。
それを癒せると豪語出来るほど強い治癒の力を持つなど、そんな情報はティタンのもとには入っていなかった。
今回連れてきたセシルも知らない情報で、ティタンが目線をやっても首を横に振るばかりだ。
(嘘をついているとは思えないな)
ずっと誠実に対応してくれているミューズを信じ、ティタンは剣をしまった。
「ではお願いしようか」
ティタンは躊躇う事なく自分の腕から短剣を引き抜いた、夥しい量の血が床を濡らしていく。
ミューズは慌てることなくその怪我に手を翳す。血で汚れることも厭わず、懸命に魔法を唱える。
ミューズの手からは温かい光が生まれ、あっという間に出血は止まり、傷口も塞がっていった。
「傷は塞がったとはいえ、毒は消えていないでしょう。解毒薬も寄こしてください、そうでなくば取引は出来ません」
セシルの言葉に、ミューズも促す。
「あなた達、急ぎ解毒薬をよこしなさい」
ミューズの叱責に驚きつつも、解毒薬が渡された。
ティタンがそれを飲み込み、症状が落ち着くのを見てから、ミューズは床に頭をつけた。
「申し訳ありませんでした! もう二度とこのような事はさせません!」
平身低頭なミューズに周囲はただ静まり返る。
宗主国となるアドガルムの王子に対して行なったこの暴挙は、到底許されるものではない。
「顔を上げてくれ、ミューズ王女」
まだ朦朧とする頭を押さえて声を掛けると、顔を上げたミューズをティタンはそのまま担ぎ上げた。
「えっ?! あ、あの?!」
「長居し過ぎた。帰る」
疲れ切った声でそれだけ言うと、ティタンは部屋の外へ向かって歩き出す。
「ティタン様、待って下さい……!」
ティタンの肩に担がれたミューズは、手足をじたばたとさせるが下ろされる気配はない。
「ティタン様よろしいのですか? 他の者への処罰などは」
「処罰はミューズをこの国から奪う事だ、それでいいだろう」
ルドの言葉にティタンはそう言い切る。
「いいか、お前達」
ティタンはセラフィムの者へと向き直る。
「国王含めここの王族はずいぶん覚悟と責任が足りない。殴ったら殴り返されるものだ、そして今回のこれは殺されても文句も言えない」
戦からしてそうだ。
「戦は起こすべきではなかったとミューズは言っていた。お前らが俺に薬物を盛ったのも、もとを正せば戦のせいなのだろう。度胸は認めるが、失敗し怯え震えるのは間違いだ。最後まで責任を持つべきだった」
ティタンは大きくため息をついた。
「この国の為に命を張れるミューズを失い、少しは学ぶといい。いかに甘えて過ごしていたのかと。信念もない力もない、命を尽くすこともしない覚悟のない王族など誰も救わんよ。覚えておけ」
抵抗を止めたミューズを抱えたまま、ティタンはアドガルムへの帰路へとつく。