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第12話 氷の第一王子

「誰が首謀者だ」

 敬語すら使わず、エリックは静かに言い放った。


 その声は低く、怒りに満ちているのは誰しもがわかったはずだ。一部を除いて。


「ヴィルヘルム殿、まさかあなたか?」

 射抜くような鋭い視線は心臓を鷲掴みにするような凍えたものである。


「いや……私はこのような事は、知らなかった」

 思わぬ殺気に少し口籠りながらも正直に言えば、エリックの視線が移り、呪縛が解ける。


 視線は真っすぐにヘルガに向いた。


 最初はやっと自分を見てくれたと喜んだヘルガだが、恐ろしい程に冷たいその目に言葉が出なくなる。


「自惚れと戯言は大概にしろ。死にたいのか」

 エリックを中心に氷の華が咲き乱れ、瞬く間に絶対零度の世界が広がっていく。


 戦慄した。


 レナンを除き、皆が氷に阻まれる。


「この国は少し頭を冷やした方がいい。喧嘩を売る相手を間違えればこうなるんだぞ」

 エリックの魔力がじわじわとパルス王城に広がり、床も壁も瞬く間に凍りついていく。


「このまま攻め落としてもいい。それだけの力が俺にはある」

 圧倒的に強い魔力にパルス国は手も足も出なかった。


 いくら魔術師が対抗しても氷は減らず、騎士が応戦しようとしても、エリックに近づくことも手を出す事も出来ない。


 周囲の従者達が主に近づくのを許さないのもある。


「エリック様、お止めください!」

 恐怖と驚きで動けなかったレナンだが、声を振り絞って抗議をした。


「このような事はいけません。争いで何でも解決しようとしては、反発を生みます」

 滑りそうな床に注意しながら、レナンはエリックに近づいていく。


 エリックの従者達に止められるかと思ったが、誰もレナンに手出しをしない。


 ただ見守るに徹している。


「ではあなたならどうやって止める? この惨状は圧倒的力で生み出された。言葉で何が出来る?」

 レナンは怯んだ。魔力はあるもののレナンはこのような魔法は使えない。


 頑張って勉強したのだが、習得出来たのは一部の生活魔法だけだ。


(どうしよう、どうやって止めればいいの?)

 火を出して溶かすことも魔力で氷の進行を止めることも出来ない。だってプロである王宮術師も王宮騎士も歯が立たないのだから、戦った事もないレナンに何かが出来るとは思えなかった。


 戦いで敵うわけがない。


 手を伸ばせば触れられるくらい近いが、エリックに何かすれば周囲の護衛の者に殺されてしまいそうだ。


(どうしよう、どうしたら止められるのかしら)

 頭の中でぐるぐると思考が回る。


 こうしてる間も氷は増え、王城に広がっていた。


「や、やめてくれないとエリック様を許しません!」

 ぴくんとエリックの表情が動く。


「許さないとは、具体的にどのような?」


「輿入れしません! ここの氷を溶かすまでは、アドガルムになんて……」

 行かない、と叫ぼうとしたところで見る間に氷が引いていく。


 氷漬けになっていた者も自由になっていった。


 冷たい空気は晴れないが、あれだけあった氷は跡形もなく消え、濡れていた形跡すらなくなっている。


「輿入れが無くなるのは困るな。今更他の女性にしたくない」

 エリックの手が伸ばされ、レナンの手をしっかりと握る。


 その行動に驚き、とっさに外そうとしたが外れない。


「行こうか俺の妻よ。これ以上ここにいたら、また余計な魔力を使ってしまいそうだ」

 氷がパキッと割れる音がした。レナンが拒めば氷漬けにされてしまいそうな雰囲気だ。


 エリックの翠の双眸は呆気にとられたヴィルヘルムを映し出す。


「これ以降、その王女を俺とレナンに近づけるな。顔を見たらうっかり殺してしまいそうだからな」

 それがヘルガを示すものだとは名前を言われなくとも伝わり、ヴィルヘルムは頷く。


「では行こう」

 エリックは昏い光をその目に灯し、レナンの手を引いてその場を立ち去ろうとする。


 慌てたラフィアもレナンについていき、エリック達一行はパルスを後にした。







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