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第9話 セラフィム国の王女様

 ティタンが帰ったのを確認して、ミューズはようやく緊張が解けた。


 あのような体格の良い男性と接するのは初めてだった、そもそも家族以外の男性と話す機会など今まで殆どない。


 そして恐ろしい男だという話を聞いていたから、会うまで本当に気が抜けなかった。


 けれど実際のティタンは前評判とは全く違って、とても優しく、そして義を重んじる人であった。


 やや粗雑な言葉遣いではあったものの、話が通じないわけでもわからないわけでもない。誠実さが感じられた。



「政略結婚ではあるけれど、むやみやたらと威張り散らすことはなさそうね」

 実際のところはまだわからないが、あの場で話をした感じではいい人としか思えない。


 堂々たる威厳と風格は王族として相応しいもので、無意味に驕ることも虐げるような言葉も言わなかった。


「でも一番人を殺した方でもある……」

 戦というのはそういうものだが、それでもティタンによって家族を、父を、恋人を奪われたものはそうは思えないだろう。


 捕虜となったセラフィムの者も、実際どれくらいいて、何人生きているのかもわからない。そしてどのような扱いを受けているのか、そこも心配だ。


(捕らえられたお兄様も酷い目に合っていないといいのだけど)


 戦いは終わったけれど、戦はまだ終わってない。


 尽きない問題にミューズは毎夜神に祈りを捧げてから、眠りにつく。


 細い手首についたブレスレットが、否が応でもティタンの事をいつどのような時でも、思い出させていた。




◇◇◇




「ミューズ姉様、大丈夫かしら」

 アルマもセーラも自分達を庇って、自らあのオーガのような王子に嫁ぐミューズを心配していた。


 いつも自分を犠牲にしてしまうミューズは、何かを望んだり、何かに執着したこともない。


 いつでも国の為、家族の為と、自分が辛くとも苦しくとも、望まれた事を拒んだことはないのだ。


 少なくともアルマ達は見たことがない。


 心配し、もっと自分を、大切にして欲しいと伝えた事はある。けれどその言葉はミューズには届かない。


「私は大丈夫よ、だってそれが王家に生まれたものの義務だもの」

 と柔らかく微笑むばかりだ。


 今回このような不本意な婚約を結ぶこととなったのだが、ミューズは本当はどう感じているのだろうか。


 他の兄弟も集め、どうすればミューズを救えるか、話し合った。


「この結婚は政略結婚で、お姉様は人質としてアドガルムに嫁がなけらばならないの」


「戦をしないためなんだろ? 結婚なんて形じゃなくても、王家の誰かが人質として行けばいいのでは?」

 そうは言っても志願するほどの勇気は出ない。


 見知らぬ国、見知らぬ生活、そしてティタンという人を大量に殺した男がいる。


 それに、行ったら二度とセラフィムに戻ってこれないかもしれないと考えるとどうしても二の足が踏めない。


「姉様が行くのも嫌だけど、そんなところに行くのも嫌だ……」

 ぽつりと誰かがそう呟く。


 皆その言葉を否定することは出来なかった。


 戦なんて起こらなければ今まで通りに過ごせたのに、と戻らない過去につい執着してしまう。


 いい案など浮かばず、時間だけが過ぎるのみだ。


「姉様が行くのではなく、そのティタン様に残ってもらえば?」

 そんな意見が出る。


「ティタン様に帰りたくないって言わせれば、ミューズ姉様は行かなくて済むし、アドガルムだってここに攻め入れない」

 つまりティタンを人質にしようということだ。


「でもどうやって? ばれたら皆殺されちゃうよ?」


「ここには色々な薬があるから、飲み物や食べ物に混ぜればいいんだよ」

 どんなに力が強くても、動けなければ意味がない。


「禁忌薬だけど、命令通りに人を動かすことが出来る薬もある。それを使えばセラフィム国は強い戦力を手に入れられるし、これからも困らない」

 拙い秘密裏の計画は、幼い王族達によって着々と進められていた。




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