レナンは緊張から眠れぬ夜を過ごしていた。
間近で見たエリックはとても綺麗で、優しい人であった。何より自分の事を頭がいいと褒めてくれて、しかも妻にと望んでくれた。何と嬉しい事だろう。
他人にこうして認められた事のないレナンにとっては、喜びを隠しきれない事だ。
戦の事さえなければ出会わなかったであろう相手である。少し複雑な心境だがレナンはもらったネックレスを見てはその事を思い出し、笑みが自然とこぼれるようになっていた。
でも他の王女達、特にヘルガからは辛く当たられるようになってしまい、自室にいる時以外は気が抜けない日々が続いてしまう。
あんなに優しかった姉に睨まれ、口もきいてもらえないことは寂しかったが、レナンにはどうしようも出来なかった。
近寄ることも出来ない状態であったからである。
それにエリックがドレスの異変に気づき、ヘルガに言った言葉も引っかかっている。
(本当にお姉様が指示をしていたの?)
今までもこういうドレスの不備はあったし、仕立ての者に聞いてみたが、それは靴との兼ね合いが悪いからだと言われていた。
同じ文言しか返ってこないし、段々と口に出す事も諦めてしまったのだが、昔から姉が関わっていたとしたら話は変わる。
レナンが気に食わない誰かが指示しているのかもと思った事もあったけれど、まさか姉がなんてと思ってしまった。
「あの優しいお姉様が、わたくしの評判を下げようとしたというの?」
あなたはダメだから、あなたには無理だから、と過保護なくらいヘルガはレナンのお世話をしてくれていた。
もしかしたらそうやってヘルガが面倒をみることで、逆に周囲にダメな王女というのを植え付けていたのだろうか。
エリックの放った言葉は、レナンのこれまでの人生を顧みるのに十分な言葉であった。
◇◇◇
「エリック様は何故、あんな子を選んだのかしら!」
ヘルガは部屋で怒りを喚き散らしていた。
それまで培ってきた淑女の面を捨てて怒りに狂う様子は、彼女を知るものが見たらビックリするだろう。
ヘルガは自分がエリックに選ばれるものだと確信をしていた。
長女ということもあるし、容姿も知識も妹たちには負けないと自負していたからだ。
皆ヘルガをもてはやし、賛辞の言葉を述べ、父である国王からの寵愛も受け、重要な話はいの一番に相談もされていた。
妹達の中で一人だけ毛色の違うレナンの事だけは警戒していたものの、負ける要素などなかったはずだ。
あの大事な対面の場で目論見通り転び、エリックすらも驚いた表情をしていた、なのに。
「エリック様……」
あの美しい男性を思い出すと胸が苦しい。
父は誘惑し、パルスの有益になるように陥落せよと言っていたが、彼を見た瞬間にそんな考えは全て吹き飛んだ。
勝者の余裕と隙のない身のこなし。
後ろに控える従者も見目麗しく、忠義心厚く見えた。
(エリック様に選ばれれば、戦の勝利国の王妃になれる)
立太子はまだというが、第一王子である彼が王太子になるのはほぼ決定事項のはずだ。
彼以上に相応しい者がいるなんて思えない。
エリックが王太子になればその妻はもちろん王太子妃、そしてゆくゆくは王妃になれる。
三国を従える国の王妃など、何と名誉な事だろうか。
(このままパルスにいて、どこぞに降嫁するよりも断然いい事よね)
なのでヘルガは懸命にエリックへと話しかけた。
エリックは他国の文化や政治にも造詣が深く、妹たちはしどろもどろになっていた。
そんな中話についていけたのはヘルガだけだ。
それなのに、
「レナン王女はどう思う?」
とわざわざ話しかけていた。
他の妹同様レナンもたどたどしい口調で意見を述べていて、ヘルガにとっては聞くに堪えないものだったが、エリックは興味深げに聞いていた。
てっきりわざと難しい話題を振って困らせていたのかと思ったが、違った。
「レナン王女をもらい受ける」
エリックの言葉は衝撃だった。
多分あの場の誰もがそう思ったはずだ。
選ばれたレナンも困惑していたし、父もまさかという顔で言葉も出ないようだった。
しかも選んだ理由が腹立たしい。
「レナン王女がこの場で一番頭がいいからだ」
その言葉を聞いた時、頭が沸騰するとはこういうことかと、怒りで目の前が真っ赤になったのを覚えている。
「レナンが私を差し置いて王妃になるなどあり得ない」
納得など出来るものか。
こんな婚約必ずぶち壊してやる。レナンに自分の立場をわからせてやらねばなるまい。
大国の王妃に相応しいのはヘルガなのだから。