本日は顔合わせを行う日だ。
パルス国の王城にてエリックと国王ヴィルヘルムがにこやかに対談をしている。
エリックの後ろには従者と護衛騎士、護衛術師が付き添っていた。
「ではそろそろ娘達に会ってもらいましょう」
ヴィルヘルムの合図で、王女達がしずしずといった様子で入室してくる。
「素敵な王女様方ですね」
王女達は皆着飾り、華やかでとても綺麗であった。
優雅で気品に溢れ、さすが宝石の国の王女……と示していたところで、二番目を歩いていた王女がドレスの裾を踏んで転んでしまう。
突然の事に普段は冷静なエリックでもあ然としてしまった。
「大丈夫?」
前を歩いていた第一王女がすかさず手を貸し、彼女を起こして上げる。
後ろの王女達は呆れた顔をするばかりだ。
「すみません、お姉様」
転んでしまった第二王女、レナンは慌てて姉の手を借りて立ち上がる。
「お見苦しいところを見せてしまい、すみません。よく言って聞かせますので」
第一王女ヘルガがレナンに代わってエリックに謝罪の言葉を述べる。
「いえ、良いんですよ。緊張なさいますよね」
エリックは優しくレナンに向かって声を掛けた。
「レナンはいつもこうだ、恥ずかしい」
レナンが返事をする前に、ヴィルヘルムが皆に聞こえるくらいの大きなため息をついた。
レナンはカァっと顔を赤くし、口を閉ざして俯いてしまう。
その様子を見て、逆にエリックはレナンに興味がわいた。
(何でも卒なくこなす姉と娘を見下す父親、か)
皆との会話中もエリックは積極的にレナンに話を振るようにした。
「あなたはどう思います?」
「えっと、わたくしは……」
しどろもどろながらもエリックと会話を交わすレナンの様子に、他の王女達は面白くなさそうな顔を露骨に見せる。
しかしエリックは動じる事なくその後も積極的にレナンに声をかけ続けた。
「エリック様、私はこう思うのですが」
「なるほど、そのように思うのですね」
時折ヘルガがエリックとレナンの会話に口を挟むが、エリックは話を広げるつもりがないのか、当たり障りない返答しか行わなかった。
様々な話題、質問を経て頃合いかとエリックは会話を終わらせにかかる。
「もうこんな時間なのですね、楽しい時間でした。最後に王女様方に質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
ヘルガがすかさずエリックに言葉を返す。
「俺の妻になった後、万が一再び戦となったらどちらの国につきますか?」
「「?!」」
これは和平の為の婚姻だ。
再びの戦などあってはならない。
「たとえば、の話ですよ。俺は妻の国を攻めようとは思いませんし、ヴィルヘルム殿も娘がいる国に攻め入ろうなんてしないと思いますが。ねぇ?」
エリックは瞳の奥に鋭利さを携えて、王女達の顔を見た。
明らかに試している質問だ。
ヴィルヘルムも思うところはあるが、エリックの思惑を考えて口を挟まない。
「……私はエリック様に付き従います」
ヘルガがまずは口を開く。
「私もです」
「わたくしも」
「勿論、夫に尽くします」
ヘルガの言葉を皮切りに、次々と他の王女も意見を出していく。
「レナン王女は如何です?」
悩む素振りを見せるレナンに、エリックは敢えて話しかけた。
「わたくしは……わかりません」
レナンは悩みつつもはっきりとそう答えた。
「夫の味方をしてくれないという事ですか?」
エリックの問いに、レナンはゆっくりと言葉を選んで意見を述べていく。
「状況次第です。あなたがもしも間違った選択をした場合、わたくしはあなたを止めなければならないと思います。民のためにも。それが王族の責務かと」
一人だけ全く違う解答。
エリックは思わず、笑ってしまった。
「そうですね。間違ったならば止めなければなりませんね。俺も人間です、過ちを犯す可能性もある」
「そうなったらわたくしも一緒に謝ります。謝るの得意ですから」
謝って済むような問題ではないのだが、要するに一緒に責任を取るといいたいのだろう。
「面白い人だ」
エリックの視線がヴィルヘルムに移る。
「パルス国国王ヴィルヘルム殿。レナン王女を俺の妻としてもらい受けさせてもらいます」
「お待ちください!」
エリックの言葉にいち早く反応したのはヘルガだ。
「ヘルガ王女、何を待てと? この婚姻は俺が選んでいいはずです。あなたに決定権はないのですが」
エリックはレナンの側へと行き、その手を取る。ヘルガは悔しそうにレナンを睨みつけるが、エリックに気にした素振りはない。
可哀想なのはレナンだ。
エリックの手を振り払うのは失礼だし、けれど姉からは怒りの視線を向けられてしまうしで、レナンは動く事も出来ずオロオロとしてしまった。
「なぜその子を選んだのですか! 一番懐柔しやすそうだからって、その子を選んだら後悔しますよ」
「懐柔? 違います。この中で一番頭がいいからですよ」
さらりと言った言葉に王女達はざわめいた。
ヴィルヘルムすらも目を見開いて、信じられないといった表情だ。
エリックは口元に薄く笑みをたたえて再びレナンに向き直る。
「こちらを婚約の証としてレナン王女に預けます。迎えに来るまで持っていてくださいね」
エリックはそっとレナンの首にネックレスをつけた。
金鎖に翡翠のついたもので、エリックをイメージさせる装飾品だ。
男性にネックレスをつけてもらうなんて初めてで、レナンは赤い顔をして固まってしまった。
「ヴィルヘルム殿。好きに調べて構いませんが、これは必ずレナン王女の手元に戻してください。俺からの大事なプレゼントですから」
エリックは余裕の笑みでそう言い放った。
「お待ち下さいエリック様。私、納得出来ませんわ。どうしてレナンなんかを」
美しい顔を歪め、尚もヘルガは食い下がる。
姉の初めて見る様子に、レナンも驚き戸惑っていた。
そんなレナンを庇うようにエリックが前へと出る。
「あなたの納得は必要ないですが、要らぬ禍根はレナン王女にとってもよくなさそうですね。聞くだけ聞いて上げましょう」
エリックは目を細めて笑みを消し、ヘルガの言葉を待つ。
「頭が良いというその子ですが、パルス国では誰もが知る落ちこぼれ王女です。先程も鈍臭く転びましたし、あなたとの会話もしどろもどろと見苦しいものばかり。とても頭が良いとは思えません」
「いや、レナン王女は頭がいいですよ。だってあなた方の嫌がらせに気づきつつも、波風立てないようにしているじゃないですか」
「えっ?」
ヘルガはレナンを見た。
「レナン王女のドレスはやや長めに作られてましたね。これでは躓きやすいのも当たり前だ、転ぶことを想定した作りになっている」
王女ともなればドレスはオーダーメイドのもののはず。
こんな採寸ミスは普通あり得ない。
「誰かがそのように命じ、細工をしたのではないですか? 疑わしいのはヘルガ王女です。転ぶことが確定してたから、レナン王女の歩く軸と少しズレて歩いていたでしょう。巻き添えを食わぬようにと」
「私はそんな事しておりません」
「そうですか、そう言い張るなら結構ですよ。どちらにしろ俺はレナン王女が好ましいので、婚姻は覆しませんが。それでは失礼します、こう見えて忙しいので」
エリックはレナンに微笑みかけるとその場を後にした。