「人質として、アドガルムに嫁ぐ事が決まった。誰かは王子が指名するそうだ。皆異論はないな?」
パルスの国王ヴィルヘルムは切れ長の目で娘たちを見ていく。
パルス国の王女は五人。
王子は三人。
側室は二人だ。
「お父様の決定ですもの、異論はございませんわ」
第一王女ヘルガを筆頭に、集められた王女達はみな頭を下げその言葉を受け入れる。
ヴィルヘルムは王女達の様子をゆっくりと見回した後、口を開いた。
「嫁ぎ先はアドガルムの第一王子エリック殿下だ。切れ者と称される彼は、王太子に一番近い。胆力も魔力も頭脳もある」
グリフォンに乗って空を駆ける彼の姿は優雅だった。
正確な手綱捌きに、的確な指示、氷魔法で次々と兵を撃ち落としていく彼は、空で一際目立っていた。
グリフォンなどという気性の荒い魔物を手懐け、不安定な空中戦の中、魔法で確実に兵士が乗るペガサスの羽だけを狙い、撃ち落としていく。
キラキラと空に散る氷の粒子と相まって、その姿はとても美しかった。
彼を守るように飛ぶ男も、植物を繰り出す派手な男も、皆エリックの命で動いていた。
自ら討ちに行くに留まらず、その状態で他の者へも命が出せるとは、頭の回転が早過ぎると心の中で思わず称賛してしまったくらいだ。
「一番の候補はヘルガだな……」
長女としてヴィルヘルム自ら最高の教育を施した。
どの王女も英才教育を施しているため心配はないが、やはり長女である故に信頼が厚い。
内部からアドガルムを突き崩し再びパルスが栄華を極めるためにも、間諜としての活躍を期待出来る。
「私もそう思います。けれど、誰を選ぶかはエリック様のお心次第。誰が選ばれても我々からは文句も言えないでしょう。ただ、仮にレナンが選ばれたらどうしましょうね、お父様」
ヘルガは困ったように笑う。
「レナン、なぁ……」
皆が名指しをされたレナンを見る。
「えっと」
レナン自身は急な注目に戸惑っていた。
第二王女レナン。
長いストレートの銀髪と青い瞳、すらりとした長身をしていて、黙っていればとても美人だ。
ただ性格が少々ぽやっとしていて、この中で一番頼りないと皆に思われている。
今も会話の意図をよくわかっていない。
「人質としての価値も低いが、一番裏切らなさそうだもんな」
「えぇ、嘘が苦手ですものね……」
「レナンお姉様は喋らなきゃいいんじゃない?」
「侍女が変装するとか?」
周囲の妹王女達もそんな話をし始める。
「身代わりはバレた時が危ない。下手したら休戦停止だ、また戦が始まるだろう。そうならない為にもレナンは話しをしない方がよいな」
ヴィルヘルムは仕方なしにため息をつく。
レナン自身はその言葉に悲しいとか驚くとかそういう素振りも見せず、ただ頷いた。
「戦はもう起こって欲しくありませんので、選ばれなくてもわたくしは何も気にしませんわ。そう言えばお父様は何故、戦を始めたのです?」
自身が侮辱されるよりも戦への嫌悪感の方が強い為に、レナンは貶めるような言動は聞き流し、戦についての疑問を口にした。
「そういえば話していなかったな」
戦いに出るわけではない王女達の大半は、ヴィルヘルムが戦を起こした理由を知らない。
ヴィルヘルムもヘルガにしか伝えていなかった。
(そもそも戦など、起こす必要などなかったでしょうに)
レナンはずっと疑問に思っていた。
良好だった関係に突如ヒビを入れたのは何故だったのか、そんなに重大な理由があったのかと。
「神から、啓示が下ったのだ」
ヴィルヘルムは厳かにそう言い切る。
最初はヴィルヘルムも啓示など信じなかった、ただの空耳か白昼夢でも見たのだと一笑に伏したのだが……。
しかしシェスタ国やセラフィム国が戦準備をしていると偵察の者から連絡が入ったので、後れを取ってはいけないと急いで戦の準備に取り掛かった。
「何故かはわからなかった……だがしなくてはいけないと思ったのだ」
そこから妙な胸騒ぎが止まらず、そのまま戦を仕掛けることになってしまった。
アドガルムは国力的にも大きいとは言えず、攻め込んで国土を吸収するのは難ないと思われ、反対する者はいなかった。
ヴィルヘルムは直感的に攻め入るべきではないとずっと感じていたのだが、退く事など出来ない程の早さであっという間に準備が整ってしまう。
故に他二国と手を組むような形で急遽攻め入ったのだが、案の定無残な結果となってしまったのだ。