理代『おなかすいた……』
夜十時頃のこと。
課題をやっていたら、理代からそんなメッセージが届いた。
甘いジュースを飲んだから夕飯を減らしたらしいが、そのせいでお腹が空いてしまったそうな。
俺も今日は編集作業やら宿題やらに脳を酷使したためか、小腹が空いている。
多久『夜食でも食うか?』
理代『何かあるの!?』
多久『いやなんもないけど』
理代『ないんかーい!』
多久『一緒にコンビニ行くか』
理代『オー!』(白くまが腕を掲げるスタンプ)
春とはいえ、夜は少し肌寒い。
財布を持ち、薄い上着を羽織って、玄関を出た。
外は真っ暗だった。
虫のさえずりが遠くから聞こえ、ぽつぽつとした街灯の微かな明かりだけが、闇夜を照らしている。
空を見上げると、小さな星たちが瞬いている。雲が少なく、澄んだ空模様だ。
隣の家の前まで行くと、ちょうど理代が出てくるところだった。
ゆったりとしたルームウェアに、薄めのジャンパーをまとっている。
風呂から上がったばかりなのか、甘い石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。
「財布は持ったか?」
「ばっちりです!」
コンビニまでは歩いて五分ほどだ。
静けさに満ちた住宅街を理代と二人で歩く。
「こんな時間に外に出るのって、なんかいいよね」
「わかる。特別感あるよな」
昼間とは様変わりした景色に、どこか高揚感を覚える。
まるで、世界には俺たちしかいないんじゃないかと不思議な気持ちを抱く。
小さい頃は、夜が怖かった。
幽霊が出るんじゃないかと怯えて、夜中トイレへ行くことを我慢したこともある。
そういえば理代も暗闇が怖いとビビっていたな。
理代の親が不在で、俺の家に泊まりに来たときに、極力明るくして寝るよう懇願された記憶がある。
小学校にあがる前だっただろうか。
とても懐かしい。
住宅街を抜けると、車のライトや店の明かりが目立つようになった。
歩道を通ってコンビニへ入る、理代はカップ麺のコーナーを物色し始める。
「もっと軽いものにしといたほうが……」
「これくらいお腹が空いてまして」
俺も自分の分を選ぶか……と、パンコーナーに寄り、ピザパンを掴む。
人に注意をしておきながら、いざ自分が選ぼうとすると、カロリーが高そうなものに手が伸びてしまった。
ピザパンがいつにも増して輝いて見えたのだ。ごくりと思わず喉が鳴るほどに。
レジで会計をして、先に外へ出る。
少し待つと、理代も店から出てきた。
「デザートも買っちゃったぜ!」
袋を掲げながらそんなことを言う。
夜食ってもっと軽く食べるものなんじゃないか?
豪華にデザートまでつけていいのか……?
「……太るぞ?」
「一日くらい平気平気!」
後悔しそうだと思いながら、理代と来た道をたどっていく。
買ったものは、俺の部屋で一緒に食べる流れになった。
部屋の真ん中に置かれた丸テーブルに夜食を並べていく。
俺はピザパン一つだが、理代の方はとんこつラーメンとメロンのカップアイス。この時間帯に食べるには危険な香りしかしない。
ピザパンはレンジで加熱して、ラーメンの方は電気ケトルで湯を沸かして注いだ。
「いただきます!」
三分待ってから、理代は割り箸をパキッと割って麺を啜っていく。
咀嚼していると、その表情がパァァァっと幸せそうなものへ変わっていく。
「昼間食べるよりもおいしい〜! 夜食ってなんでこんなに悪魔的な味なんだろうね」
「なんでだろうなあ……」
俺もピザパンをかじる。
モチモチしたパンに、ピザソースと具材とチーズが絡み合い、極上の味が生まれる。
……うまい。うますぎる。
ピザパンは元からうまいが、ここまでうまかっただろうか?
夜食効果恐るべし……。
「結局、今日の放課後はどうだったんだ?」
LILIでも少し聞いてはいたが、詳しくは知らないのだ。何があったのだろう。
「すっごく楽しかった! 二人ともわたしと仲良くしてくれて、一緒にガチャも回したし……あ、あと連絡先も交換したんだ!」
普段よりもトーン高めで饒舌な理代。
言葉からも、表情からも、今日の出来事がいかに楽しいものであったのかが伝わってきた。
「それとね、財布を失くした時はすぐ行動してくれたの。あたふたしちゃってたから、すごく助かったんだ。二人には感謝してもしきれないくらいだよ!」
「そりゃよかった」
「ちゃんと友達にもなれたんだ……えへへ」
理代は嬉しそうに笑みを浮かべる。
危惧していた友達問題は、無事解決したようだ。
なんだか、肩の荷が下りた気分だ。
中学で不登校になった時は、本当にまた学校生活を送れるようになるのか、送れたとしてもそれが理代にとって楽しいものになるのか、ひたすら苦悩した。
一度殻に閉じこもってしまうと、それを破るのは難しい。
けれど、久須美と椎川のおかげで、理代は前に進めた。
きっと楽しい学校生活を送れるはずだ。
そうして和やかな空気の中、俺と理代は夜食を楽しんだのだった。