〈理代視点〉
夕方の電車内にはそこそこ人がいて、席は全部埋まっていた。
つり革を掴み、発車のアナウンスを聞き届ける。
目の前には久須美さんと椎川さん。
どちらも明るくて可愛くて、わたしとは比べものにならないくらい際立ってる。
これ、お邪魔じゃないかな……。
「橘さん、くましおのキーホルダーってどんなもの? 見せて欲しいな!」
椎川さんがわたしにそう訊いてきた。
美人で、清楚で、頭が良くて、運動もできて、学級委員もやっているすごい人。
そんな完璧すぎる椎川さんを前に、わたしは少し卑屈になりかける。
「えっと……これ、です」
心の支えとして持ち歩いている、くましおのキーホルダーを鞄の中から取り出してみせる。
わたしにとって学校は怖いところで、つらいところ。
でも、大好きなくましおのキーホルダーを持っていくことで、少し心が軽くなる。ちょっと子供っぽいけれど。
「すごく可愛いね!」
「そ、そうかな……えへ」
「アタシも可愛いキーホルダー持ってるよー。ジャーン!」
久須美さんが見せてきたのは赤いギターのキーホルダー。すごくおしゃれな感じがする。
「趣味でギター弾いてるんだけど、そのギターそっくりのキーホルダーなんだよ」
「へぇ……!」
久須美さんギター弾けるんだ!
かっこいいなぁ……。
あ、こういう場合は今度聞かせてほしいなって言うべきだったかな。
「そろそろ着くね」
「ガチャのあとはカフェとか行っちゃう?」
「いいかも!」
悩んでるうちに話題が変わっちゃった。
今からじゃ遅いかな? 遅いよね。
会話って難しいなあ……。
いつもと違う駅で降りると、新しい土地に来たみたいな、新鮮な感じがした。
学校の最寄駅から数駅先にあるショッピングモール。
その二階部分には、ガチャがたくさん設置されたスペースがあった。
普段あまり外に出ないわたしは、こんなにいっぱいガチャが置かれているところがあるんだ、とすごく驚いた。
久須美さんと椎川さん、二人と一緒にいろんなガチャを見て回っていく。
アニメのキャラクターだったり、お人形さんだったり、ミニチュアだったり、どれも可愛くて目移りしてしまう。
ぐるぐるしていたら、くましおのガチャを見つけた。
見たことないから、新しく出たものかな。
お金を入れてくるっと回すと、カプセルが出てきた。
開けるのに手こずっていたら久須美さんが「ほいっ」と開けてくれた。
「あ、あ、ありがとう……!」とお礼を言って、中身を確認すると、王冠を被ったくましおが出てきた。凛々しくてかっこいい。
ラインナップのどれとも違うから、もしかしてシークレットかな……?
二人にそのことを話すと褒めてくれた。
すごく、嬉しかった。
たーくんにも報告しよう。
そのあとは、可愛らしいビーズアクセサリーのガチャをみんなで引くことになった。
全員違う色のビーズが出た。
三色のビーズを並べるとカラフルで綺麗。
色は違うけれど、おそろいだ。
おそろいっていい響きだなあ。
つい頬が緩んでしまいそう。
ガチャを堪能したあとはモール内にあるカフェに寄った。
ドリンクがラーメンくらいの値段でびっくりしたけど、とっても美味しそう。
悩んだ末に、イチゴ味のシェイクにしてみた。名前は長すぎてよくわからなかったけれど。
時間をかけすぎちゃったので、二人がいるテーブルに早足で向かって座った。
ドリンクと向き合うとストローが太いことに気づいた。
吸うと滑らかな甘みが口の中いっぱいに広がる。
お、おいしい……!
たーくんに送ろっと。
軽く写真を撮って……送信!
「そーいえば橘チャンと連絡先交換してないじゃん! しよしよ」
「ど、どうやってやるんでしたっけ?」
友達がいなさすぎて友達追加の方法を忘れてしまい、あたふたする。
「その右上の、それ押して、次ここポチッとして」
久須美さんがちゃんと教えてくれた。
なにやらコードが画面上に出てきた。
「読み取るね」
コードを二人が読み取る。
少しして、チャットが送られてきた。
茜『よろしくね!』
桃乃『ヨロシク!』
無事、友達追加できたみたい。
わたしもくましおのスタンプを送り返した。
「そーだ。呼び方ずっと橘チャンじゃあれだし、理代チャンって呼ぶね」
「理代ちゃんも私たちのこと下の名前で読んで欲しいな」
「……桃乃ちゃん。……茜ちゃん、こ、これでいい……かな?」
「もうアタシら友達じゃん!」
「改めてこれからもよろしくね」
わたしに、と、友達……!?
こ、こんないい人たちがわたしと友達になってくれるなんて……。
わたしは心の内で深く感謝するのだった。
友達ができたということに動揺して落ち着かないので、荷物を整理することに。
さっきガチャしたものを適当にバッグにしまったので、整頓しておこっと。
バッグを開いてガサゴソとしていると、あることに気づいた。
…………ない。
探しても探しても、あれがない。
スマホを開いて、たーくんにメッセージを送る。
理代『たーくん、どうしよう!』
多久『何かあったのか?』
理代『財布が、ないの』
多久『ドリンクを買った時点ではあったんだよな?』
『とりあえず二人に話すんだ』
理代『うん』
パニックになってたけど、ついさっきまであったことに言われて気づいた。
まだすぐ近くにある可能性が高い。
「あ、あの、桃乃ちゃん、茜ちゃん……さ、財布が、なくなっちゃって」
「サイフ!?」
「今すぐ探さなきゃ! どんなお財布なの?」
「あ、えっと……水色の、折りたたみ式の財布で……」
「理代チャンはバッグの中身をもう一度探してみて。アタシは周囲に落ちてないか見てくる」
「私は店員さんに訊いてくるね!」
二人とも行動が早かった。
茜ちゃんはすぐに店の人に話しかけに行ってくれた。
わたしはもう一度バッグの中を探す。
今度はテーブルの上に中身を出して確認するけれど、やっぱりない。
そこへ、茜ちゃんが戻ってきた。
その手には水色の財布があった。
「レジに置きっぱなしになってたみたい」
「あ、ありがとう……!」
よかった……。
レジに置きっぱなしにしちゃってたんだ、わたし。
店員さんと上手く話せる自信もなかったから、茜ちゃんのおかげですごく助かった。
財布を受け取って、たーくんに連絡を入れる。
理代『財布あった!』
『レジに置きっぱなしになってたみたい』
多久『無事でよかったな』
『貴重品はちゃんと気をつけな』
理代『了解です』(くましおの敬礼スタンプ)
「やー、無事でよかったねー。ヒヤッとしたよ」
「も、桃乃ちゃんも、探すの手伝ってくれて……ありがとう!」
「どーいたしましてー」
二人の優しさにすごく救われた。
本当にありがとう……!
ドリンクを飲み終わり、解散する流れとなった。
財布騒動はあったものの、楽しい時間だった。
別れるのが少し寂しく感じる。
「またね」と手を振ってわたしは二人と別の電車に乗り込んだ。
賑やかだった空気が、静かなものへと変わる。でもまだ心はワクワクしていた。
友達……か。
流れていく車窓の風景が、いつもと違って見えた。