「わりぃ幸田、ちょっと学級委員の仕事変わってくれね?」
夕焼け空が窓の外に広がる放課後。
特に用事もないし、帰ろうとした時だった。
剣村が慌てた様子で、俺へ詰め寄ってきたのだった。
聞けば、バイトのシフトが入っていたのを失念していたとのこと。
学級委員の仕事と言っても、たいした作業量ではないだろう。
まあそれくらいならと思い、俺は引き受けることにした。
「ああ、わかった」
「助かった! このお詫びはいつか必ずする! んじゃ!」
剣村は手を振りながら、足早に教室を出ていった。
俺は、もう一人の学級委員である椎川に声を掛ける。
「椎川さん」
「どうしたの、幸田くん?」
「剣村に頼まれて学級委員の仕事を任されたんだ。バイトがあるから代わってくれって」
「じゃあこの三人でやろーか!」
椎川の隣にいた久須美が元気よく返した。
おそらく椎川を手伝いに来たのだろう。
「仕事内容なんだけど……提出物がちゃんと出されているかの名簿チェックをお願いしたいんだ」
俺たち三人だけが残る教室で、山積みにされた紙と、名簿が置かれている。
「提出物はたくさんあるから、手分けしてやっていこうか」
そんなこんなで、俺たちは作業し始めた。
作業している間は手は忙しいが、口は暇だ。
黙々と作業をし続けるのも気まずいからか、久須美が口を開く。
「幸田クンと関わるのってもしかしたら初めてかも。アタシ、久須美桃乃。改めてよろしくね!」
「俺は幸田多久。よろしく、久須美さん」
久須美の言う通り、初めて話したかもしれない。
去年は別クラスだったし、椎川のように授業におけるグループも同じではないから接点がなかったのだ。
「幸田クンってさ、どこ中?」
この高校は近隣にある橋川中学校から来た人が大半だ。
久須美は誰とでもすぐ親しくなれるタイプに見えるし、橋川中学には俺がいなかったことに気づいているのだろう。
「長西中学校なんだが……わかるか?」
別市の中学校名を出したため、会話が途切れないか俺は不安になった。
「……隣の市、かな?」
椎川の言葉に、俺は頷く。
おそらく椎川も知らないのだろう。眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「随分遠くから通ってるんだねー、毎日おつかれじゃん」
俺を気遣ってか、久須美は優しい声をかけてくれる。
「私と桃乃は橋川中から来たの」
「剣村から聞いたよ。中学でも評判だったとか」
昼休みの会話が頭を
中学時代、椎川に一体何があったのか。
しかし、本人の過去を無闇に詮索するのはよくないと自重し、気持ちを抑えた。
「二大美女と過ごす放課後……幸田クン的には役得だったり?」
「ちょっと桃乃、幸田くん困っちゃうからそういうこと言わないの!」
「はいはい。茜は優しいけどたまに厳しいよねー」
そんな話をしていたら、いつの間にか作業が終わっていた。
三人で進められたことが大きかったのかもしれない。
* * *
職員室へ持っていったあとは、駅までは同じ道のりなので、三人で帰る流れとなった。
「せっかく手伝ってくれたんだし、幸田くんに何か奢るよ。このあとも空いてる?」
「いや、剣村から奢ってもらう予定だし、悪いからいいよ」
「そっか。じゃあ感謝の気持ちだけ伝えておくね。幸田くんのおかげで早く終わらせられて、すごく助かったよ。本当にありがとう!」
椎川は優しい笑みを俺に向けた。
その表情と言葉からは、気持ちがこもっているのを感じた。
「茜〜、アタシもなんか欲しいなー」
横から久須美が椎川をちらちらと見やる。
「飲みたいって言っていた、今度発売予定の限定ドリンク奢るよ」
「わーい! 言ってみるもんだねぇ」
駅までやって来ると、ここからは違う電車に乗るので、別れることになる。
「またね、幸田くん」
「じゃ、まったねー」
「またな」
別れの挨拶をして、俺は一人別のホームへと行く。
二人とここまで交流するのは初めてだったが、楽しい時間を過ごせて充足感に満ちていた。
* * *
「珍しく遅かったね。どうかしたの?」
家に帰ると俺の部屋には理代がいた。
部屋の主がいないのになぜいるのかというツッコミはもはや必要ない。
理代は俺がいようといなかろうと部屋にやってくる。
「ちょっと委員の仕事を肩代わりさせられただけだ」
「そういえばたーくんのお友達って学級委員だったっけ? おつかれさま」
そう言って丸テーブルに置かれていたペットボトルのお茶を注いで渡してくる。
「どうぞ、粗茶ですが」
「俺んちのお茶を粗茶とか言うな」
「でも漫画とかアニメとかでみんな粗茶って言うじゃん」
「まあなー」
とりあえず、有り難くいただくことにした。うん、おいしい。
お茶で喉を潤してから、俺は引っかかっていたもやもやについて相談する。
「理代はさ……知りたいことがあったとして、それに踏み込みづらいときってどうする?」
「え、なになに、秘密の話?」
「……そんな感じかもしれないな」
椎川のことが微かに引っかかっていた。
友人と言えるほどの関係性でもないし、知ったところで何かが変わるわけでもないのだが。
「ははーん。女の子ですか……?」
「…………」
「絶対女の子だ!」
「まだ何も言ってない」
「言わないってことは怪しいもん。それに秘密のある女の子はモテるって言うじゃん」
俺が沈黙していると理代が勝手に解釈をし始めた。
女の子という部分は合っているが、それ以外はたぶん見当違いをしている。
「ちなみにわたしもたーくんに秘密にしてることあるよ」
「へー」
「……もっと気になってよ!」
「何を隠してるんだ?」
「ふふふ……ナイショです」
理代は小悪魔のような笑みを浮かべ、ウインクして口元に人差し指を当てた。
「それやりたかっただけだろ」
「なぜバレた」
「何年の付き合いだと思ってるんだ」
理代の思考などお見通しである。
「でも何を秘密にしてるかはわからないんだね?」
「…………まあ、秘密の一つや二つ誰にでもあるもんだろ」
「つまり……たーくんにも秘密が! ふふふ、暴いてみせようぞ!」
「暴くな!」
手をわきわきとさせながら近付いてくる理代。
ズルズルと迫ってくるので俺はゆっくり後退していく。
気づけば、壁際まで追い詰められていた。
「ぐふふふふ……」
怪しげな手の動きと、怪しげな言葉で、さらには退路を塞がれピンチに……。
――ピンチ、か?
よく考えたらピンチでもなんでもなかった。
俺は立ち上がり、理代の頭に軽くチョップを入れる。
「あいたっ」
「馬鹿なことやってないで、漫画でも読まないか?」
「はっ、そうだ! たーくんが来たから中断してたけど、今すっごくいいシーンなんだよ!」
理代はすぐに漫画本を手に取り、おとなしく読み始めた。
パラパラとページをめくる音と、時折怪しげな笑い声が聞こえてくる。
俺は理代の隣に座り、スマホでSNSを見ていたが、ふと昼の出来事を思い出した。
「そういや、剣村が理代の作った弁当、美味しそうだって羨ましがってたぞ。ちょっと作り主に関しては嘘つかせてもらったが……」
「美味しそうなお弁当かぁー。たーくんもそう思う?」
「そりゃ思う……てか、実際すごく美味いし。でも、毎日大変だろうしほんと無理しなくていいからな」
「美味しいかぁ……えへへへ……」
俺の忠告など耳に入っていないように、理代は表情をデレデレと