城壁近くに!?
街に近いならば危険だ。城壁が壊れたなら街に魔獣が侵入してきてしまう。
頑丈な城壁に囲まれているから、大丈夫だと思うけれど……。
バン! と部屋の扉が開いた。
「カケル! 愛里! 装備して」
母が、女性用の西洋的な甲冑を身につけてやってきた。今までは簡易的な甲冑だったので、気が引き締まった。さらに強い魔獣が現れたと、考えられる。
「愛里は城壁の中で待機して。ケガ人の救護を任せるわ」
「はい」
愛里は初めに着ていた聖女のような裾の長い服ではなく、袖も裾も前より短めの動きやすい服を着ていた。それでも袖と裾には、レースと青い小さなリボンがついていて清楚なイメージの服だ。
俺も騎士と同じく……と言いたいが、フル装備の甲冑だと重いのでメイドさんが用意してくれた簡易的な甲冑を身につけた。
お城から出て、城下の街へ。
「今度の魔獣は、強い。引き締めて戦いに挑むように!」
「はいっ!」
騎士団の団長が、皆に用心するように注意していた。
酷いケガ人が出るかもしれない。正直、怖い……。
俺は少し、震えていた。だけど、やるしかない。
「行ってくる。仁、子供達を頼む」
「ああ。カナも、気をつけて」
母は、スラリと鞘から剣を抜いた。
「行くぞ!」
騎士団団長が雄叫びを上げて、向かって行った。それに続く、騎士達と勇者カナ。
魔獣の吠える声も聞こえてきた。
街の人達は、城壁から離れたお城の近くにある、大きな教会に身を寄せていた。
城壁の上に弓矢部隊。城壁の外に、騎士団団長と騎士達と勇者である母が、先陣を切って向かって行った。俺と愛里と父と残りの騎士達は、城壁の中に侵入してきた時に備えて待機していた。
「魔獣が多数、城壁へと向かってきてます!」
状況を伝える役割の騎士が馬でやってきた。
今までは一体ずつしか、現れてなかった。
俺と同じく城壁の中で待機している者たちは、ざわついた。
「そんな! 多数なんて……!」
「大丈夫なのか……?」
不安が伝わっていく。
とにかく、騎士団団長と勇者の母が先頭に立って戦っている。きっと倒してくれると、信じる。
「打て!」
城壁から弓矢が放たれた。
雨のように降りかかる弓矢。きっと、ひとたまりもないだろう。
俺達、城壁の中で待機してる者たちは、落ち着かない様子で刻々と変わる状況にハラハラしていた。
また伝令役割の騎士が伝えに来た。
「苦戦しております! 次々と、魔物と魔獣がやってきて暴れています!」
「何だって!?」
次々と……? まさか、スタンピード(魔獣暴走)というやつか!?
「スタンピード!?」
だとしたら、危険じゃないか!
「父さん! なんとかならない!?」
俺はつい、元•魔王の父に聞いてしまった。
「……俺はもう、封印された。無理だ」
父は、光を失った瞳をしていた。言ってはいけないことを言ってしまった。父にとっては魔王のときに、あまりいい日々じゃなかったのか。
罪悪感。
いくら身内でも、聞いていけない•知らなくていいことがある。
掻きむしりたくなるほどイヤな、自分への不快感が残った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「え」
変な顔をしていたかもしれない。愛里が心配して話しかけてきた。
「だ、大丈夫」
心配かけないように、気合を入れ直さないと!
パン! パン! と両頬を叩いた。
周りでは騎士さん達が城壁からお城までの間に、木材で何重もの障壁を作っていた。俺でもできる簡単な材木運びなどをして、騎士さん達の手伝いをした。
「ありがとよ! 勇者カナの子供!」
「俺は、カケル! カケルって呼んで!」
騎士さんは俺の名前を知らなかったようだ。勇者カナの子供……と呼んだので訂正した。
「すまん! カケルか! カケル、こっちに飲み物あるぞ。ちょっと休憩しろ」
「はい!」
愛里と飲み物をもらって休憩を取った。身の守り方など教えてもらって、騎士さん達と仲良くなれた気がした。
いくつもの高い障壁、バリケードが出来上がっていた。少しは街中への侵入を防いでくれるだろう。
気を抜いていた、その時。
バ――――ン!
「え!?」
城壁の方に振り返ると、入口辺りに
「全員! 警戒態勢をとれ! 武器を持て!」
「侵入させるな――!」
「まさか……」
愛里が怯えて、一歩後ろに下がった。騎士団の人達が慌ただしく動きだす。
バラバラに動くのではなく、統制されている。
父は愛里を気遣い、側にいた。
俺は前線が気になって一人、駆け出した。
危ないと思ったが居ても立っても居られなかった。
城壁に向かって走って行くと、騎士達がたくさんの魔物と戦っていた。
「気をつけろ!」
「前に行くな!」と言われたが、振り切って走った。
城壁の入口は崩れて魔物が侵入していたが、騎士達の数の方が多く魔物達を押し返していた。
大丈夫……か? 必死に騎士さん達が戦っている。
「うわっ!」
前から俺に魔物が襲ってきた!
剣を抜いていたので、とっさに防げた。でなかったら鋭い牙でやられていた。
まだ動物らしき形はしてるけど、真っ赤な目と黒色の元動物という塊になってきてる……。
体のあちこちから、ウニョウニョと黒いモノが飛び出して形が崩れてきている。
なんだこれ……?
「くっ……!」
ザシュ!
また俺に襲いかかってきたので、真っ二つに切った。
魔物は崩れて、黒い霧になって消えていった。
はぁ……。気味が悪い。
倒した魔物の居た場所から、コロンと魔獣石が転がって落ちた。
「これが【魔獣石】か……。硬くて真ん中が赤くて真っ黒な石だな。丁寧に半分になっている。聞いたとおりだ」
手に取り、腰に下げている革袋に入れた。
また再び走り、魔物達を蹴散らして城壁の外へ出た。
「う、嘘だろ……」
まだ日が明るく木の他に高い建物はないはずなのに、影ができた。
そこには、山ほどの大きさの魔獣が何匹もいた。
俺は初めて見た、大きな魔獣見上げながら数歩後ずさりした。
「カケル! 何でここにきた!?」
「えっ?」
声のする方に顔を向けると、全身に返り血を浴びた母がいた。
「……!? 母さん、後ろ!」
「カナ……!」
横からすごい勢いで駆け抜けて、母の側に来たのは父だった。
俺に気を取られた母の隙を狙って、黒いローブをまとった男が何かの魔法陣を放った。この間、森で戦った黒いローブをまとった男とアカツキだった。
父は母を守るように覆い被さった。その時。
「母さん!! 父さん!!」
父と母の所まで駆け寄ったが、遅かった。
不気味な光を放つ魔法陣はまるで獲物を捕まえる罠のように、抗う父と母を飲み込んで消えてしまった。
「カナ様!?」
「カナ様――!」
騎士団団長や騎士達が叫ぶ中、俺は近くにいたのに手を差し伸べたまま何もできなかった。
「そんな……、俺、は……」
悪夢のような出来事に、俺は両膝を地面についた。消えた魔法陣を、動けず呆然と……見ていた。
「どうして……。なぜ……?」
俺は馬鹿みたいに、繰り返し呟いていた。
「お兄ちゃん!」
愛里がいつの間にか俺の側に来ていて、隣に膝をついて泣いていた。
「愛里、父さんと母さんが……」
俺は愛里に話しかけようとした。
「危ない!」
「きゃあ!」
物凄い殺気を感じて、愛里を抱えて伏せた。そっと顔を上げると、後ろに大木が刺さっていた。
「ちっ。外したか……」
聞き覚えのある声。
上を見ると前に森で会った アカツキ という奴だった。次期 魔王だと言っていた、俺達を殺そうとした奴だ。
「だが、勇者と邪魔な奴は元の世界へ帰してやった。ざまあみろ!」
アカツキは空中で黒いマントをなびかせて、ニタリ……と笑った。
「くっそ! 何なんだよ、あいつは! アカツキ、下に降りてこい! 俺と戦え!」
アカツキは空中で、必死に魔獣達と戦っている俺達を見下ろしていた。
ニヤニヤと薄笑いして俺をみた。
「お前じゃ、弱すぎる」
「何だと!」
俺は頭に来て、落ちていた石を拾ってアカツキに投げた。
「おっ、と……」
投げた石は簡単に避けられて、下に落ちた。
「ははっ! 残念だったな」
「ちくしょう! このっ……!」
俺はまた、その辺の石を拾って投げようとしたが腕を掴まれた。
「お兄ちゃん、もうやめて」
ホコリと涙で汚れた愛里が、俺を止めた。
「愛里……」
「冷静になって」
ハッとさせられて周りを見ると、まだ皆は魔獣と戦っている最中だ。
早く魔獣らを倒さないと、街になだれ込んでしまう。
ざくっ!
持っていた剣を地面に刺して、立ち上がった。
「ありがとう、愛里」
頭に血が上っていた。冷静にならないと。……たぶん、父と母は無事に日本へ還った。そう考えよう。
今はこの状況を、何とかしなければならない。
「ふん。つまらない」
アカツキはそう言って手と手を合わせた。力を入れて手を離すと間に魔法の塊が出来た。
「何だ、あれは!?」
魔獣と戦っている騎士達が気がつき、アカツキを見上げた。それはだんだん大きくなって野球の玉くらいの大きさになった。
「何をする気だ!」
俺が叫ぶとアカツキは、魔獣のいる方へと向いた。嫌な予感がする。
「お前と遊ぶのは、飽きた。街を頑張って守りなよ、っと!」
魔獣に向かって、その魔法の
「なっ……!?」
止める間もなく、
ゴオォ! と勢いよく飛んで、魔獣の顔に当たった。
「ウギャァァ――!」
アカツキが投げた魔法の玉は、大きな魔獣の顔に当たった。本で見たトロルくらいな大きな魔獣。
その魔獣が暴れ始めた。
「ひ、引け――!」
騎士団団長が、退避命令を叫んだ。大木を振り回して、城壁を壊し始めた。
「はははははは! じゃあな!」
アカツキは今いる空中から、さらに上昇して行った。真上に現れた、さっきとは違う魔法陣の中に吸い込まれていった。
「いや! 怖い!」
「あ、愛里! 俺達も城壁の中へ!」
愛里を立たせて、俺は愛里と走った。騎士団の騎士達も、向かって来る魔獣らと戦いながら後退していった。
壊れた城壁、砂埃。怪我をした騎士達。襲ってくる魔獣。
ここは、それらがごっちゃになって混乱していた。
「もう少しだ! 大丈夫か?」
走りながら愛里を心配して話しかけた。
「う、うん。大丈夫……」
ハアハアと息を荒くさせながら、全力で走った。
「ああっ、アリシア姫様だ!」
「王女! 危険です!」
「アリシア王女!」
街中を
「アリシア王女……」
愛里が王女の名を呼んだ。
「下がってなさい」
俺達とすれ違いざまに、無表情でアリシア王女は言った。
「危ないです、アリシア王女……!」
話しかけてもそのまま、魔獣達に向かって行ってしまった。
「姫様がいらっしゃった! 皆、下がれ――!」
騎士団団長は再び叫んだ。皆、アリシア王女を避けて、姫様より後ろに退避した。
アリシア王女は魔法使いの杖を掲げた。
「……炎よ。魔獣達を、焼き尽くせ」
杖の先から大きな炎が現れて、魔獣達へ放たれた。それは巨大な炎の塊になって魔獣達に燃え広がった。
グオォオオオオオオオオ――!
残酷ともいえる光景だった。魔獣らを皆、焼き尽くし消し炭になるほどの威力のある魔法だった。
だけど、そのアリシア王女の魔法のおかげで魔獣達は倒された。
「た……、助かったのか?」
一面焦げ付いた匂いが立ち込める中、一人の騎士が誰かに問うとザワザワと騒がしくなっていった。
「よ、良かった! 街中までの侵入は食い止められた!」
「良かった!」
「姫様! ありがとう御座います!」
「お兄ちゃん……」
「終わったみたいだな……」
まだ、煙が立ちの登る周辺を見て愛里に言った。
「あれ?」
俺達の先で、強力な魔法を放ったアリシア王女の様子がおかしい。ふらふらと体が揺れていた。
「ちょっと、アリシア王女の所へ行ってくる」
「私も行く!」
愛里も一緒についてきた。
そんなに遠くない距離。すぐにアリシア王女の近くに来れた。
「アリシア王女?」
俺が声をかけたとたん、アリシア王女はグラリと倒れた。
「王女!?」
咄嗟に王女の体を支えられたので良かった。
腕の中にいる王女はぐったりとしていた。
「大変! 早くお城の中へ連れて行こう! お兄ちゃん」
「ああ!」
愛里に言われて、アリシア王女を背中に背負った。お姫様抱っこは俺の体力では無理なので、おんぶにした。
「……くそっ! アカツキめ!」
俺は悔しくて、奥歯を噛みしめた。王女を背負って壊された城壁の場所を後にした。