目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第10話 実践訓練

早く帰りたい。それだけ思って、俺達家族と騎士団の人達と魔獣退治を始めた。


 俺と愛里は、魔獣と戦った事なんてない。

この間アカツキという名の者と戦ったけれど、人だ。それに俺と愛里は守るだけだった。

実践訓練。慣れるために、小さくて弱い魔物と戦うことから始めた。


 アリシア王女はさすがに、俺達の前に姿を現さなかった。きっと王に反対されたのだと思う。王族だし。

 ちょっと残念だった。



 「これからA班、B班、C班、D班に分ける」

 俺達家族と騎士団の人達は、街を囲む城壁の外に来ていた。鬱蒼とした深い森。街から街へと道はあるみたいだけど、気軽に一人では出かけられそうもない。


 A班は、母である勇者と騎士団の人達。先頭で森の中に入っていく。

B班は俺と愛里、父と騎士団の人達の班になった。両脇をC、D班でB班を守る形になった。

 班は5,6人で移動する。

少ないと思うが、森の中を移動するにはこのくらいの人数が良いらしい。同じ班の騎士さんに教えてもらった。


 「ちょっと、怖いね」

愛里が怖がっている。まだ日が明るいのに森の中は薄暗い。たんに木々が生い茂って暗いわけじゃなく、森の雰囲気が暗い。

「皆いるし、はぐれないようについて行こう」

 愛里に話しかけると「うん」と言って、俺の隣にきた。


 正直、俺も怖い。魔物・魔獣ってなに? って感じだ。

日本……いや、地球にも、そんなのはいない。日本だとヒグマが凶暴な感じだけど、太刀打ちなんてできない。その位の魔物が襲ってきたら、どうすればいい?

 手に、父から渡された剣を持っている。何度か父と剣の訓練はしたが不安だ。


 そんなことを考えているうちに皆、森の奥へと進んで行く。


 「いたぞ! ビッグラビットだ!」

A班、先頭の方から聞こえてきた。ビッグラビット?

 「ウサギ?」

 大きなウサギ? ちょっと大きなウサギなら、可愛いのではないか?

犬くらいの大きさか? そんなことを思った。


 でもその考えは、実物を見て崩れ去った。熊くらいの大きさだった。

「やだっ! 大きいし、目が赤く光ってる!」 

 愛里が日本で見たウサギと、比べているのが手に取るように分かった。

 「魔物の目は赤く光ります。目安になるかと思います!」

 同じ班の騎士さんが教えてくれた。


 「ありがとう御座います」

 なんでも、弱いやつは数匹まとまって行動するらしい。と、いうことは一羽だけじゃないってことだ。

 「後ろからも来たぞ!」

 斜めにいた騎士さんが、大声で皆に教えた。一気に皆に緊張が走り、戦闘態勢になる。


 「愛里とカケルは、私の後ろに」

 父が俺達を背にかばった。

「はい」

 愛里が一番父の近くに寄った。俺は父の横に立った。

 「カケル」

 父の心配する声が聞こえた。

 「大丈夫!」

 本当は大丈夫じゃない。剣を握る手は震えている。だけど皆で早く帰りたい。


 きっと魔物に慣れた騎士達は、向かえる心構えが出来ているのだろう。誰一人、逃げていない。……俺はちょっと逃げたい。

 あんなに熊ぐらいの大きさの、ウサギなんて可愛くない!

 いや、可愛いか可愛くないかの問題じゃないけど!


 先頭班はもう戦っている。剣の振り下ろす音、切り裂く音や声が聞こえた。

 「……!」

 愛里が泣きそうになっている。そうだ。こんな魔物とはいえ退治しなければならない。


 「数が多い!」

 騎士さん達が次々と、ビッグラビットを目の前で倒していく。こっちに向かってきた魔物を父が倒してくれた。

 「ちっ!」

騎士さんから舌打ちが聞こえた。どうやらビッグラビットから反撃を食らったらしい。


 「傷を見せて」

 愛里がおそるおそる、ケガをした騎士さんに近づいた。腕を鋭い牙で噛まれたみたいだ。

 愛里は騎士さんの腕をまくると、ケガの部分から離れた上に手のひらを向けて何かを唱えた。


 ぱあぁぁぁぁ……と手のひらから光があふれて、あっという間にケガが治った。

 「えっ……!? す、すごい! 愛里様、ありがとう御座います!」

 ケガをしていた騎士さんは驚いていた。そして愛里に礼を言った。

「ビッグラビットの牙には毒があります。後で医師様に、診てもらってくださいね」

 「は、はい!」


 いつの間に、そんな知識を得たのだろう?

「回復魔法をお母さんに教えてもらったときに『魔物・魔獣辞典』を貸してもらって覚えたの」

 と、愛里は言った。勉強家だな。


 「そっちに行ったぞ! 気をつけろ!」

 愛里と話をしていたらビッグラビットが俺の方へ突進してきた。

「きゃあ!」

 愛里が悲鳴をあげた。俺は一歩前に出て振り返りざま、その力で剣を横に切った。


 無意識に力を入れずに剣を使ったら、驚くほどビッグラビットを真っ二つにきれいに退治できた。

 父は少し離れた所で魔物を退治していて、こちらを驚いた眼で見ていた。


 「お、お兄ちゃん……」

 愛里は俺にしがみついてきた。


 魔物だけど、これが剣で切るってことを身をもって知った。それに、気分も悪いことが知れた。


  お城に帰って皆、解散した。初心者用実践訓練だったけれど、新米騎士や俺達はぐったりしてしまった。体力はもちろん、精神力がかなり削れた。


「カケル様」

汗や汚れを、訓練場の水飲み場できれいにしていた。そこに物陰からこっそり覗いて、俺に声をかけてくれたのはアリシア王女だった。

「アリシア王女……「し――っ」」

人差し指を唇に当てて、し――っと言って近づいてきた。


「ここ、ケガしてますわ」

そう言って頬に出来ていた切り傷を、魔法で治してくれた。

「私、治癒魔法も少しですが使えますの」

ふわり……と、微笑んだ王女にドキリとした。


「ありがとう御座います」

俺はアリシア王女にお礼を言った。

「いえ。……魔物退治に行けなくて、ごめんなさい。兄に調べものを頼まれてしまって……。今、やっと抜け出して来ました」


 アデル王子か……。あんまり良い印象ないな。

それでもアリシア王女が、こんなむさ苦しい訓練場に来てくれたのが嬉しい。


「抜け出して、大丈夫?」

抜け出してきたと言った、アリシア王女が心配になった。叱られないといいけど。

「はい。頼まれていたものは終わりましたから」

「そうか」


 少し緊張がとけて、お互いに口調がほぐれてきたようだ。

「魔法使い……って、どんな魔法が使えるの?」

魔法に興味があって聞いてみた。魔法使いが使う杖を出現させるのを見て、漫画や小説のようだと驚いた。まあ、母や愛里が使った、聖•魔法の盾を目の前で見たけど。


「そうですね……」

細くて白い腕をそっと上げると、何も無い空間に杖が現れた。淡く光っている。

「わ!」

 キュッと握り、杖の上の方を傾けた。


 ボッ!

4、5メートル離れた所にあった枯れ木が燃えあがった。

「ひぇっ!」

「……いけない。手加減するの、難しい」

 無表情でアリシア王女は言った。


「突然、木が燃えたぞっ! 急いで消火しろ!」

「敵襲か!?」

 騎士達が騒ぎ始めてしまった。やばい。


「消します」

杖をクイッ! と下げると、今度は大量の水が上から降ってきた。

 激しい炎で燃えていた枯れ木は、大量の水が降ってきたせいで火は消えて、シューシューと水蒸気を上げて倒れた。


「え……」

その場にいた俺や、騎士達が呆然としていた。いきなり燃え上った枯れ木が、すぐに大量の水で消火されたなんて驚くだろう。

「逃げます! ごめんなさい、カケル様」

そう言ってアリシア王女は、走ってお城の中に帰って行った。


「ドレスをあんなに持ち上げて、走って逃げた……」

王女なのに。大人しそうに見えて、行動的なのか?

 俺は何だかおかしくなって、くくっ! と笑った。


俺が木を燃やしたと誤解されないように、そっとその場を去った。



 実践訓練は、ほぼ毎日続いた。

魔物を倒すのもだんだん慣れてきたけれど、グロいのは慣れない。愛里は、ケガをした騎士達に回復魔法をかけていって聖・魔法の力を向上させた。

新米騎士達も、他の騎士達との連携が上手になっていった。

 アデル王子のいいように使われて悔しいけれど、初心者用の訓練とはいえ実際に魔物と戦って、皆の能力が上がって来てるならば無駄ではない。


 ただ……人を襲う魔物とはいえ、平和な日本から来た俺と愛里はグロい光景に精神が削られていった。

 愛里は母に、精神的なケアをしてもらっていると聞いた。

俺は、父が心配そうに声をかけてくれるが大丈夫と言い、夢中で魔物を倒していった。


 手のひらに血豆が出来てそれが硬くなる頃、今度は魔獣が襲って来るようになった。


 「これは何者かの、意図的なものを感じるな」

 母が呟く。

元は熊なのか分からないけれど赤く目が光っていて、俺達を見つけてすぐ襲ってきた。凶暴で大きく、なんでこんなになったのだろう。


 「カケル! そっちへ行ったぞ!」

 騎士が俺に声をかけてくれたので、俺は熊もどき魔獣を真っ二つにして倒した。

 「ふぅ……」

魔獣とは、熊くらいの大きさからそう呼ばれるらしい。


 魔獣は体内に【魔獣石】を持っている。

熊くらいの魔獣だと体内に一個。

 魔物だと、魔獣の半分の大きさの【魔獣石】を体内に持っていると聞いた。

 【魔獣石】が原因で、魔物化&魔獣化するようだ。


 その辺の事情は元魔王の父が詳しいのか、後で聞いてみよう。


 「愛里、大丈夫か?」

倒した魔獣を見て顔色が悪くなっていた。

「うん……大丈夫」

 心配だな。


 異世界こっちに来たときは冒険心が沸き上がったけれど、現実は生きて行くのに大変な世界だった。

 この国の平民として生きて行くにしても、魔獣の恐怖と戦っていかなければならない。

 それとも剣を持たないで暮らしていけば、それなりに平和に暮らせるのだろうか?


 「どっちにしても、生きて行くのに大変だと思うよ……お兄ちゃん」

魔獣退治からお城に帰ってきて、愛里と話をしてたら言われた。

「……だな」

 まだ俺達は未成年で、バイトは始めたけれど俺の世界は狭い。大人の大変さはまだ知らない。


 「目の前の事を、やっていくしかないか!」

「そうだね、お兄ちゃん」

俺は愛里と話をして、モヤモヤした気持ちが晴れた。ほのぼのとした時間を過ごしていたけど、それは急に破られた。


「街を囲む城壁近くに、魔獣が出現しました! 至急、向かって下さい!」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?