妹は聖女クラスの魔力持ち。凄いな。
魔王なんかいて、世界なんか救っちゃうのか? なんてな!
「ぜひ、愛里様には魔法の使い方を練習してじゃな、魔法を使えるようにして欲しいのじゃ!!」
大賢者さんが愛里の顔を見て言った。
「ま、魔法……ですか?」
妹は戸惑って、大賢者さんに尋ねた。
「そうじゃ! 回復魔法を使えるようになる素質は十分じゃ!」
大賢者さんが興奮しながら話している。
「反対だな」
部屋に入って来てから黙っていた父が口を開いた。シーンと部屋が静まり返り、皆が注目する。
「な、なんでじゃ……」
大賢者さんがビクビクしながら父に尋ねた。
「……」
返事がない。ピリピリと緊張が走る。
「まあ、待て」
母が片手をあげて制した。
「魔法を使いたいかは、愛里しだいだ。その前に、二人へ話をしよう。それからでいいか? ジン」
母は大賢者さんを見て、それから父を見た。
「ああ」
父は腕を組み、ため息をついた。
「とりあえず、お茶を頂きましょうか? 皆、座って。落ち着きましょう」
母が皆をソファに促した。
「お茶をお願いします」
母が壁際に控えていたメイドさんに声をかけた。
「承知いたしました」
綺麗なお辞儀をしてメイドさんは皆の分のお茶を淹れてくれた。
「失礼いたします」
美人なメイドさんは下がって行ってしまった。
「わぁ、美味しい!」
愛里が紅茶を美味しそうに飲んでいる。ワゴンで一緒に持ってきてくれた色々なお菓子も美味しそうだ。
「この焼き菓子も美味しい!」
うふふ……と嬉しそうに食べている。俺もいただこうかな? ノドが渇いたし。
いただきますと、紅茶を一口含んだ。
「実は、母は勇者だったんだよ。カケル」
父が真面目な顔をしたまま言った。
ブーッ! と、含んでいた紅茶を噴きだした!
「なっ!?」
ゴホゴホ、ゴホゴホゴホゴホッ…………。
「大丈夫!? お兄ちゃん!」
妹が心配してハンカチを貸してくれた。優しい!
いつも冗談なんて言わない父が、ギクシャクしたこの場を渾身のギャグで、みんなを笑わせようとした……んだよな?
「……はぁ、ヤバかった。ありがと、愛里」
咽せたけど何とか落ち着いた。
「もう、お父さんったら! 冗談はやめてよ――」
愛里が、父の肩をポンと叩いた。
「……いや、冗談ではない」
あれ? 父の顔がマジなんだが。
「カケル様、冗談ではありません。カナ様は、この世界を救って下さった “勇者様” です」
大賢者さんが静かに語った。
「「え、マジで?」」
ハモった。妹と綺麗にハモった。2回、言いました。
母はコーヒーカップを持ち上げてを飲んだ。一気に飲み干し、コーヒーカップを置いた。
「隠しても仕方が無いだろう? その通り、ジンの渾身のギャグでもなくマジで “勇者” でした!」
ヤケになったのか、母は焼き菓子をパクパク食べ出した。
「ほぇ――……。ゆ、勇者? 勇者って言ったら “魔王を倒して世界なんか救っちゃた” とか? まさかね――! ハハハ!」
俺は嫌な汗が背中を流れるのを感じた。
「その “まさか” なんだよ、カケル」
父が困ったように俺に教えてくれた。
「え!? お父さんが勇者じゃなくて、お母さんが!?」
ガタンと愛里はソファから立ち上がった。母をじぃっと見ている。
「そうだ」
え、マジでマジなの?!
「私は元の世界から召喚されて、こちらに来てから勇者としての力が覚醒した。嫌だったけど、無理矢理に勇者として魔王を倒すように命令されたのよ」
母はそう言い、自分でポットからコポコポとコーヒーを注いだ。
「あの時は済まなかった。召喚したものの、騎士団の者達の権力が強かった為に……。カナ様に辛い思いをさせてしまった……」
大賢者さんが頭を下げ、シュンとしてしまった。
「過ぎたことは仕方が無い。だが、勇者の力で騎士団を掌握したから問題ない」
ふふふふふ……。ニヤリと笑う母の顔は魔王のようだった。いや、魔王を見たことがないけど。
「「「「恐っ」」」」
母を除いた者が皆、ハモった。
「んっ、こほん!」
母はわざとらしく、咳払いをした。
「とにかく、アデル王子から頼まれた事を話そうか」
皆、あらためてソファに座り直して母の話を聞くことにした。
「その前に、私がこの世界に召喚されてきたことから話そう。詳しく話すと長くなるから、簡単に説明するね」
母はこの世界に来たときの話から始めた。
初めて聞いた、母の過去。
それはまだ母が、二十歳の頃の出来事だった。
母はある日突然、何の前触れもなくこちらの世界(俺達からすると異世界)に着の身着のまま召喚されてしまったらしい。お城の地下の特別な部屋に、十人位の騎士達に囲まれどうしても逃げられなかった。
その時、この国の王は言った。『衣食住は保障するから魔王をたおせ』と。
聞けば聞くほどひどい話だった。
本人の意思などなく勝手にこの世界に召喚し、少し戦闘の練習をしただけで魔物と戦いに駆りだされたと言う。
平和な日本から来た母は、毎日魔物との戦いに恐怖を感じたが “勇者の力”で何とか生き延びたそうだ。
そして、最終的に魔王を封じることができた。
「……と、簡単に私がこちらで過ごした時の話だ」
母はあっさりと過去を語ったが、並ならぬ苦労があっただろう。
「二度ほど召喚された理由は、魔物が人間を襲ってくるようになったからだ。魔物の討伐と、魔物を統べる者・魔王を封印または倒す目的だった」
母は冷めたコーヒーを一口飲んだ。
俺はふと、疑問が浮かんだ。
「母さんは魔王を封印したハズだよね? なのに、なぜまた勇者である母さんと俺達を召喚したの?」
母に疑問を聞いてみた。隣に座る父が俺を見て、母の代わりに答えた。
「“魔王を封印したはず” それなのにまた魔物が襲ってくるようになった。だから、勇者をまた召喚した。……その原因を調べてくれ、ということらしい」
「ずいぶん、勝手だな」
俺は怒りを感じた。大賢者さんがすまなそうな顔をしている。
「確かに理不尽な行いだ。……だが、“魔王を封印したはず” なのに魔物が暴れていると王子は言った。気になるから調べてみようと思う。カケルと愛里は、私と仁(父)が全力で守るから」
母は力強く俺達に言ってくれた。
「……ただ、1つ言わなくてはならないことがある」
母は俺と愛里を、交互に目線を動かした。
「えっ、なに? 何か困ること?」
愛里は心配そうに母に聞いた。
「……仁、あなたから話してくれないか?」
母は辛そうな顔で、父に話をふった。
父は分かったと頷いて、正面に座る俺達へ話し始めた。
「……こちらの世界と元の世界は、時間の進み方が違うらしい」
時間の進み方が違う?
「え? どういうこと?」
俺は父に聞いた。妹は自分の両手を握って心配そうにしている。
「帰ってから年月が過ぎていた。帰れたとしてもズレが生じるかもしれない」
「「……え?」」
俺と愛里は同時に小さな声を出した。頭の中で父の言葉を繰り返し、何度も考える。だけど、理解できない。
「時間のズレのせいで、私は本来ならば48歳になっているはずが同年代より若い。2回こちらで過ごしていたからな」
ふ……、と母は遠い目をしながら言った。
「この世界に長く居る気は無い。さっさと終わらせて帰るつもりだ」
母はきっぱりと言った。父は母の言葉に頷いて、母の手をそっと握ったのを俺は見逃さなかった。
「ホント? 本当にすぐ帰れるの? お母さん、お父さん」
愛里は立ち上がって、父の側にかけよった。
「ああ。すぐに行って原因を調べて解決しよう。大丈夫だから」
「お父さん……」
愛里は父に抱きついた。かなり不安になっている。
「カケルも心配しないで、過去の時間は取り戻せないけど、これからのことは何とかなるから。私と仁が守るから」と言って、ポンと肩を叩かれた。
ニコッと笑う母の笑顔と『守る』と言う言葉に俺は安心した。
「とりあえず、私達の休める部屋を用意してもらおうか。私と愛里、仁とカケルが一緒の部屋で、続き部屋を。それと部屋に結界を張らしてもらうから。いいね? ドクトリング」
母は大賢者さんに要望を言った。
「もちろんじゃ。自由に過ごして欲しい」
大賢者さんは皆の顔を見て言った。
「ただ……。そのぉ、聞きにくいのじゃが、カナ様の夫……旦那様は、こちらの生まれと聞いたが……」
おそるおそる、大賢者さんは父に尋ねた。
「仁」
母が、父の名を呼ぶ。
「いや、大賢者にはちゃんと話しておこう。子供達にもな」
父は軽く抱きしめていた愛里を、少し離した。
「なあに?」
愛里は父を見上げた。ツインテールに結んだ髪の毛が揺れている。寄りかかっていた体から離れて、座っている父の前に立った。今度は父を見下ろしている。
「父はこの世界で生まれたと聞いたね? 愛里」
父は、細い愛里の両腕を優しく手のひらで触れた。愛里はコクンと顔を下げて返事をした。
「父はね、この世界の『魔王』なんだよ」
「はいっ!?」
「ええっ!?」
俺と愛里は、びっくりして声がひっくり返った。
「冗談じゃないから、カケル」
母のツッコミが入った。
「母が勇者で?! 父が……魔王ぉ!? はぁぁぁぁ!?」
俺は頭がめちゃ混乱した。
「大丈夫か、愛里? 愛里!?」
父が叫んだと思ったら、愛里がフラリと父の胸に倒れこんだ。
「愛里!」
母が急いで愛里に近寄り、顔を撫でた。
「横に寝かした方がいい。案内して、ドクトリング」
「ほ、ほい! 人を呼ぼう!」
大賢者さんは、また何やら呪文を唱えている。
すぐにメイドさんがやって来て「お休み出来るお部屋へ案内します」と廊下から声をかけてきて、愛里は父に抱っこされて部屋を出ていった。
「仁と交代してくるから、カケルはここにいて。気絶しただけだと思うけど、側にいるから」
そう言い、母もメイドさんについて行った。バタバタと慌ただしい。愛里は心配だけど、父と母がついていれば大丈夫だろう。
はぁ――、とため息をついた。
いきなり異世界に召喚されたと思ったら、母は勇者で父は魔王? マジなの? 頭がついて行けないぞ、これ。