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第4話  母の過去と父の秘密



 妹は聖女クラスの魔力持ち。凄いな。

魔王なんかいて、世界なんか救っちゃうのか? なんてな!


 「ぜひ、愛里様には魔法の使い方を練習してじゃな、魔法を使えるようにして欲しいのじゃ!!」

大賢者さんが愛里の顔を見て言った。

「ま、魔法……ですか?」

妹は戸惑って、大賢者さんに尋ねた。

「そうじゃ! 回復魔法を使えるようになる素質は十分じゃ!」

大賢者さんが興奮しながら話している。


 「反対だな」

部屋に入って来てから黙っていた父が口を開いた。シーンと部屋が静まり返り、皆が注目する。

「な、なんでじゃ……」

大賢者さんがビクビクしながら父に尋ねた。


 「……」

返事がない。ピリピリと緊張が走る。

「まあ、待て」

母が片手をあげて制した。

「魔法を使いたいかは、愛里しだいだ。その前に、二人へ話をしよう。それからでいいか? ジン」

母は大賢者さんを見て、それから父を見た。

「ああ」

父は腕を組み、ため息をついた。


 「とりあえず、お茶を頂きましょうか? 皆、座って。落ち着きましょう」

母が皆をソファに促した。

「お茶をお願いします」

母が壁際に控えていたメイドさんに声をかけた。

「承知いたしました」

綺麗なお辞儀をしてメイドさんは皆の分のお茶を淹れてくれた。


 「失礼いたします」

美人なメイドさんは下がって行ってしまった。

「わぁ、美味しい!」

愛里が紅茶を美味しそうに飲んでいる。ワゴンで一緒に持ってきてくれた色々なお菓子も美味しそうだ。

「この焼き菓子も美味しい!」

うふふ……と嬉しそうに食べている。俺もいただこうかな? ノドが渇いたし。


 いただきますと、紅茶を一口含んだ。

「実は、母は勇者だったんだよ。カケル」

父が真面目な顔をしたまま言った。


 ブーッ! と、含んでいた紅茶を噴きだした!

「なっ!?」

ゴホゴホ、ゴホゴホゴホゴホッ…………。

「大丈夫!? お兄ちゃん!」

妹が心配してハンカチを貸してくれた。優しい!


 いつも冗談なんて言わない父が、ギクシャクしたこの場を渾身のギャグで、みんなを笑わせようとした……んだよな?

「……はぁ、ヤバかった。ありがと、愛里」

咽せたけど何とか落ち着いた。

「もう、お父さんったら! 冗談はやめてよ――」

愛里が、父の肩をポンと叩いた。

「……いや、冗談ではない」

あれ? 父の顔がマジなんだが。


 「カケル様、冗談ではありません。カナ様は、この世界を救って下さった “勇者様” です」

大賢者さんが静かに語った。


 「「え、マジで?」」

ハモった。妹と綺麗にハモった。2回、言いました。


 母はコーヒーカップを持ち上げてを飲んだ。一気に飲み干し、コーヒーカップを置いた。

「隠しても仕方が無いだろう? その通り、ジンの渾身のギャグでもなくマジで “勇者” でした!」

ヤケになったのか、母は焼き菓子をパクパク食べ出した。


「ほぇ――……。ゆ、勇者? 勇者って言ったら “魔王を倒して世界なんか救っちゃた” とか? まさかね――! ハハハ!」

俺は嫌な汗が背中を流れるのを感じた。

「その “まさか” なんだよ、カケル」

父が困ったように俺に教えてくれた。

「え!? お父さんが勇者じゃなくて、お母さんが!?」

ガタンと愛里はソファから立ち上がった。母をじぃっと見ている。

「そうだ」


 え、マジでマジなの?!

「私は元の世界から召喚されて、こちらに来てから勇者としての力が覚醒した。嫌だったけど、無理矢理に勇者として魔王を倒すように命令されたのよ」

母はそう言い、自分でポットからコポコポとコーヒーを注いだ。


「あの時は済まなかった。召喚したものの、騎士団の者達の権力が強かった為に……。カナ様に辛い思いをさせてしまった……」

大賢者さんが頭を下げ、シュンとしてしまった。

「過ぎたことは仕方が無い。だが、勇者の力で騎士団を掌握したから問題ない」

ふふふふふ……。ニヤリと笑う母の顔は魔王のようだった。いや、魔王を見たことがないけど。


 「「「「恐っ」」」」

母を除いた者が皆、ハモった。


「んっ、こほん!」

母はわざとらしく、咳払いをした。

「とにかく、アデル王子から頼まれた事を話そうか」

皆、あらためてソファに座り直して母の話を聞くことにした。


 「その前に、私がこの世界に召喚されてきたことから話そう。詳しく話すと長くなるから、簡単に説明するね」

母はこの世界に来たときの話から始めた。


 初めて聞いた、母の過去。

それはまだ母が、二十歳の頃の出来事だった。


 母はある日突然、何の前触れもなくこちらの世界(俺達からすると異世界)に着の身着のまま召喚されてしまったらしい。お城の地下の特別な部屋に、十人位の騎士達に囲まれどうしても逃げられなかった。

 その時、この国の王は言った。『衣食住は保障するから魔王をたおせ』と。


 聞けば聞くほどひどい話だった。

本人の意思などなく勝手にこの世界に召喚し、少し戦闘の練習をしただけで魔物と戦いに駆りだされたと言う。

平和な日本から来た母は、毎日魔物との戦いに恐怖を感じたが “勇者の力”で何とか生き延びたそうだ。


 そして、最終的に魔王を封じることができた。


「……と、簡単に私がこちらで過ごした時の話だ」

母はあっさりと過去を語ったが、並ならぬ苦労があっただろう。

「二度ほど召喚された理由は、魔物が人間を襲ってくるようになったからだ。魔物の討伐と、魔物を統べる者・魔王を封印または倒す目的だった」

母は冷めたコーヒーを一口飲んだ。


 俺はふと、疑問が浮かんだ。

「母さんは魔王を封印したハズだよね? なのに、なぜまた勇者である母さんと俺達を召喚したの?」

母に疑問を聞いてみた。隣に座る父が俺を見て、母の代わりに答えた。

「“魔王を封印したはず” それなのにまた魔物が襲ってくるようになった。だから、勇者をまた召喚した。……その原因を調べてくれ、ということらしい」


 「ずいぶん、勝手だな」

俺は怒りを感じた。大賢者さんがすまなそうな顔をしている。

「確かに理不尽な行いだ。……だが、“魔王を封印したはず” なのに魔物が暴れていると王子は言った。気になるから調べてみようと思う。カケルと愛里は、私と仁(父)が全力で守るから」

母は力強く俺達に言ってくれた。


 「……ただ、1つ言わなくてはならないことがある」

母は俺と愛里を、交互に目線を動かした。

「えっ、なに? 何か困ること?」

愛里は心配そうに母に聞いた。

「……仁、あなたから話してくれないか?」

母は辛そうな顔で、父に話をふった。


 父は分かったと頷いて、正面に座る俺達へ話し始めた。

「……こちらの世界と元の世界は、時間の進み方が違うらしい」

時間の進み方が違う?

「え? どういうこと?」

俺は父に聞いた。妹は自分の両手を握って心配そうにしている。


「帰ってから年月が過ぎていた。帰れたとしてもズレが生じるかもしれない」


 「「……え?」」

俺と愛里は同時に小さな声を出した。頭の中で父の言葉を繰り返し、何度も考える。だけど、理解できない。


「時間のズレのせいで、私は本来ならば48歳になっているはずが同年代より若い。2回こちらで過ごしていたからな」

ふ……、と母は遠い目をしながら言った。

「この世界に長く居る気は無い。さっさと終わらせて帰るつもりだ」

母はきっぱりと言った。父は母の言葉に頷いて、母の手をそっと握ったのを俺は見逃さなかった。

「ホント? 本当にすぐ帰れるの? お母さん、お父さん」

愛里は立ち上がって、父の側にかけよった。


 「ああ。すぐに行って原因を調べて解決しよう。大丈夫だから」

「お父さん……」

愛里は父に抱きついた。かなり不安になっている。

「カケルも心配しないで、過去の時間は取り戻せないけど、これからのことは何とかなるから。私と仁が守るから」と言って、ポンと肩を叩かれた。

ニコッと笑う母の笑顔と『守る』と言う言葉に俺は安心した。



 「とりあえず、私達の休める部屋を用意してもらおうか。私と愛里、仁とカケルが一緒の部屋で、続き部屋を。それと部屋に結界を張らしてもらうから。いいね? ドクトリング」

母は大賢者さんに要望を言った。

「もちろんじゃ。自由に過ごして欲しい」

大賢者さんは皆の顔を見て言った。


 「ただ……。そのぉ、聞きにくいのじゃが、カナ様の夫……旦那様は、こちらの生まれと聞いたが……」

おそるおそる、大賢者さんは父に尋ねた。

「仁」

母が、父の名を呼ぶ。


 「いや、大賢者にはちゃんと話しておこう。子供達にもな」

父は軽く抱きしめていた愛里を、少し離した。

「なあに?」

愛里は父を見上げた。ツインテールに結んだ髪の毛が揺れている。寄りかかっていた体から離れて、座っている父の前に立った。今度は父を見下ろしている。


「父はこの世界で生まれたと聞いたね? 愛里」

父は、細い愛里の両腕を優しく手のひらで触れた。愛里はコクンと顔を下げて返事をした。


「父はね、この世界の『魔王』なんだよ」


 「はいっ!?」

「ええっ!?」

俺と愛里は、びっくりして声がひっくり返った。

「冗談じゃないから、カケル」

母のツッコミが入った。


 「母が勇者で?! 父が……魔王ぉ!? はぁぁぁぁ!?」

俺は頭がめちゃ混乱した。


 「大丈夫か、愛里? 愛里!?」

父が叫んだと思ったら、愛里がフラリと父の胸に倒れこんだ。

「愛里!」

母が急いで愛里に近寄り、顔を撫でた。 

「横に寝かした方がいい。案内して、ドクトリング」

「ほ、ほい! 人を呼ぼう!」

大賢者さんは、また何やら呪文を唱えている。


 すぐにメイドさんがやって来て「お休み出来るお部屋へ案内します」と廊下から声をかけてきて、愛里は父に抱っこされて部屋を出ていった。


「仁と交代してくるから、カケルはここにいて。気絶しただけだと思うけど、側にいるから」

そう言い、母もメイドさんについて行った。バタバタと慌ただしい。愛里は心配だけど、父と母がついていれば大丈夫だろう。


 はぁ――、とため息をついた。

いきなり異世界に召喚されたと思ったら、母は勇者で父は魔王? マジなの? 頭がついて行けないぞ、これ。

















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