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第2話 大賢者 ドクトリング


 「カナさまぁ――!!」

ローブを被ったいわゆる魔法使い、いや、賢者? 風な男性がドラゴンから降りた。“カナ” とは母の名前だ。



 「ドクトリング大賢者」

母は近寄ってきた長くて白いヒゲを生やした、いかにも賢者という風貌のお年寄りに話しかけた。大賢者らしい。母は大賢者を渋い顔でみている。

「良かった! 良かった! 召喚は成功じゃ!」

ワッハハ! と笑って大賢者は、母の腕をバンバン叩いた。


 「気軽に、触らないでくれないか」

大賢者の腕をガシッと掴み、母を叩くのをやめさせたのはいつも目立たなく過ごしている父だった。

「ぬおっ!? おぬしは先代の魔……おぅ、モゴッ!」

母は、話途中の大賢者の口を押さえた。

「ドクトリング大賢者、紹介しよう。私の夫、天野 仁(あまの じん)だ」

母は父を見た。父は大賢者の腕を離して、名を告げた。

 「今の名は、天野 仁(あまの じん)。カナの夫だ」

父は目を細くして、大賢者を見下ろした。なぜか大賢者と父の間にピリリと緊張が走った。


 今の名? 父は “今の名” と言った。

「ドク、ここじゃゆっくり話も出来ない。移動しよう」

母は大賢者の口から手を放して話しかけた。

「……色々と突っ込みたい事はありますが、あとにしましょうか」

大賢者は額にかいた汗を拭った。


 「ありがとう、ドク」

母はにっこりと笑って、俺達の方を見た。

「私達の子だ。長男のカケル、妹の愛里(あいり)だ」

あ、今ここで自己紹介するのか。父と母の、知り合いみたいだしな。

「初めまして、長男のカケルです」

頭を下げて大賢者さんにお辞儀をした。ウンウンと頷いて、ニコニコと笑っている。

「妹の愛里です。初めまして、大賢者さま」

にっこりと可愛らしく笑い、ぺこりとお辞儀をした。


 「なんと、礼儀正しくて可愛らしいお子達じゃ!!」

大賢者さんは何だか涙ぐんでいる?

「あの○×△のカナ様に……!」

マジ泣きしているぞ!? “あの” の後に言った言葉が聞き取れなかったけど?

 びっくりしていると、愛里がポケットからハンカチを取り出して大賢者の深いシワがある目尻にあてた。

「泣かないで? 大賢者様」

背の低い大賢者さんの横に歩み寄って、地面に膝をついて優しく声をかけた。涙をハンカチで拭いてあげてる。

「愛里さま……!」

堕ちたな。


 愛里は無自覚に人を虜(とりこ)にする。俺には無い才能だ。ワザとではなく、自然にやる。

 少し離れた場所からその様子を見る。幼いときからよくみた光景だ。誇らしく見守りつつ、羨ましいと思う。皆に愛される妹。

 地味な俺とは大違いだ。ハァ……と気づかれ無いように、ため息をつく。いつもの事。


 「ぐるる……」と、生き物の鳴き声がした。

大賢者の泣き声……ではなく、キョロキョロ辺りを見回すとドラゴンがこちらに首を向けていた。

「あらためて見ると大きいな! かっこいいドラゴン!」

ちょっとビビりながら、ドラゴンを見上げた。


 黒いドラゴン。

足には鋭くて大きな爪。鱗は黒光りしている。小さな山ぐらいあるんじゃないかな? 今は地面に座って(って言うのかな?)翼を折りたたんでいる。飛んできた時の大きさに、びっくりした。

 神話や小説や映画などの、創造上のドラゴンが目の前にいる。俺は怖がりながらジッと見ていた。



 「ぐるる、ぐるる」

何だか猫みたいだな。そう思っていたら、ドラゴンが首を下げて地面に顔をつけた。

「え?」

俺の身長位ある顔がすぐ目の前にある。チラッと見えた鋭い牙で、パクリと食べられる……?

「た、食べないで! 俺は不味いから!!」

恐怖のあまり、顔の前に手のひらをドラゴンに向けて両手でかばった。

 ベロリ。

「ヒャッ!?」

手のひらに、濡れた感覚があった。

「ぐるる……」

ドラゴンの舌が見えてる。俺の手、舐められた?


 「おや? どうやらカケル様は、このドラゴンに気に入られた様ですね? 珍しい」

母と話しをしていた大賢者が、こちらに気が付いて話しかけてきた。

「気に入られた? ドラゴンに?」

俺は大賢者さんに聞いた。

「その様ですね」

大賢者さんは頷いた。


 「とりあえず、お城にいきましょうか? カナ様。皆様も」

大賢者さんの誘いに母は渋い顔をしたが、皆でとりあえず行くことにした。




 異世界・大賢者・勇者・黒いドラゴン……。


 まだこちらに来て三十分も過ぎてない。情報の多さに、俺の頭はついていっていない。そりゃあ……。少し憧れてはいたけど、異世界なんて物語の中の事と思っていた。まさか、自分が(しかも家族全員!)異世界に来るなんて。



 「さあさあ、皆様。ドラゴンに乗って下さい。横に縄のはしごがありますから、そちらからどうぞ」

大賢者さんが手を伸ばした先には、縄のはしごが黒いドラゴンの横腹に下がっていたのが見えた。

「仕方が無い。いつまでもこの場所にいてもしょうがないから城に行こう。すぐには帰れそうになさそうだからな。いいか? ジン」

そう言い、母は父を見た。

「ああ。行こう」

互いに見つめ合い、頷いた。



 先に母が縄のはしごを登っていった。

「次、カケルが登ってごらん。大丈夫、落ちたら受けとめるから」

父が俺の肩にポンと叩いて言った。

「う、うん」

上を見ると母はスイスイと登っている。ちょっと怖いけど、登るしかない。


「縄で出来てる……」

握った手のひらに、縄がチクチクと刺さって痛い。足をかけると思ったより丈夫に出来ているのが分かった。

足に体重を乗せて行く。腕を伸ばして上の段を握り、足を上げて登っていく。

 「うわ! 揺れるし、意外とキツイぞ」

「しっかり縄を握って、登って来なさい」

母の声が聞こえた。上を見ると母は、もう上まで登ったようだ。


 目を凝らして見ると、黒いドラゴンの背中に人が乗れるように木で作られた “やぐら” があった。四方を頑丈な鎖で、ドラゴンの背中から腹にしっかりと取り付けられている。あれに乗るのか。

「カケル、よく登ってきたな。キツイのに、頑張ったな」

縄のはしごを登り切って、やぐらの手すりに手をかけた時に母が笑顔で言った。

「何とかね。へへっ」

ほめられた。少し照れる。

「愛里は? 無理っぽいけど、どうするんだ? ……え!?」


 父と愛里がいる下を見てみると、父が愛里を抱っこしていた。小さい子供を腕に乗せる抱っこ。いくら愛里が軽いからって高校生だよ?

「まあ、仕方が無い」

母は、ぼそりと言ったのが聞こえた。

「え?」

母の方に振り返った時、やぐらの中に父と愛里が突然現れた。



 「「えっ? ええっ!? 何で――――!?」」

俺と愛里は、同時に叫んだ。



 「まあ、気にしなくていい。魔法を使っただけだから」

父が、肉に塩コショウを振ったくらいの、気軽い感じに答えた。

「「魔法!?」」

また、俺と愛里は叫んだ。だって、魔法!? を普段、とした父が息をするように使ったから、そりゃ、驚くだろう!

父はポリポリと、指先で頬をかいた。



 「その辺もひっくるめて、城で話そう」

母が見かねて、口をはさんできた。

「分かった」

俺は、母に返事をした。ここで騒いでもどうにもならないし。

「ちゃんと教えてくれるの?」

愛里は心配そうに、聞いた。

「全部、話そう。いいな? ジン」

母は、父に聞いた。

「ああ。いいだろう」

父は腕組みをして、頷いた。



 「では、皆さんそろいましたね? お城へ行きますぞ。しっかり掴まって下さい」

大賢者さんもいつの間にか上ってきており、やぐらの前の操縦席のようなところにいた。

 魔法を使ったのかな? 見てなかった、残念。

やぐらにはベンチのような長い椅子が固定されてあったので、みんなで座った。

「念の為、腰に紐を結んでおくれ」

大賢者さんは、ほっほっほっ……! と笑いながら言った。何だか嫌な予感がするなぁ。



 「ムニャムニャ、にゃにゃにゃ……。しゅっぱっつー!」

大賢者さんが何か呪文のような分からない言葉を発した後、ぐらりとやぐらが揺れた。

いや。『ドラゴンが動いた』と言った方が正しい。


「二人とも、しっかり掴まってて」

母がそう言っているうちに、ガクンとやぐらごと下がった後に体が引っ張れるほどの重力を体験した。

まるでジェットコースターの様に、落ちて上昇するような感覚。

「うああああああああああ!」

「きゃああああああああああ!!」

俺と愛里は絶叫した。――青空に響き渡っていた。



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