健太郎は、左平の工房で墨と筆を手にしていた。江戸時代の道具は、現代のペンやデジタルツールとは全く異なる感触だった。筆先が紙に触れる度に、微妙な力加減で線の太さが変わる。その繊細さに、彼は新鮮な驚きを感じた。
「線一本に、こんなに表情があるなんて……。」
左平が後ろから覗き込み、微笑んだ。
「お前、なかなか筋がいいじゃないか。だが、まだ力が入りすぎている。もっと、紙と筆に身を委ねるんだ。」
健太郎は息を吐き、肩の力を抜いた。墨の香りが心地よく、静寂の中に筆の音だけが響く。集中することで、彼の心は次第に澄み渡っていった。
「なるほど……これが、江戸の職人技か。」
線の強弱、余白の取り方、一枚の絵に込められた躍動感。それは、現代のアニメーションにも通じるものがあった。健太郎は夢中で筆を動かし続けた。
数日が過ぎた頃、左平が一枚の絵を見せてくれた。そこには、風になびく柳の枝が描かれていた。しかし、ただの静止画ではなかった。線の流れと余白の配置によって、あたかも風が吹き抜けているかのように感じられたのだ。
「これは……動いている?」
驚く健太郎に、左平は静かに頷いた。
「動きは線の中にある。絵は魂を込めれば生きる。お前の言っていた“動く絵”も、そういうものなのか?」
健太郎は目を輝かせた。
「ええ。まさにそれです!でも、僕の時代では、たくさんの絵を連続して見せて、本当に動いているように表現します。」
左平は興味を示し、顎に手を当てて考え込んだ。
「動く絵……それを、ここでやってみせることはできるのか?」
健太郎は一瞬言葉を失ったが、やがて強い決意が湧き上がってきた。
「やってみます!江戸の技術で、動く絵を作ります!」
左平は満足そうに笑い、墨を新たに磨り始めた。
「面白いことになりそうだな。よし、協力してやろう。」
こうして、健太郎と左平の挑戦が始まった。江戸の技術と現代の発想が融合する、新たな表現への第一歩だった。
健太郎は心の中で誓った。
「この時代でも、動く絵を成功させてみせる……!」
江戸での冒険が、さらに深まっていく——。