眩い光が収まり、健太郎はゆっくりと目を開けた。冷たい夜風が頬を撫でる。目の前には石畳の道が広がり、木造の家々が軒を連ねていた。行き交う人々は和服をまとい、草履の音が耳に心地よく響く。
「……ここは?」
健太郎は立ち上がり、辺りを見回した。ビルの光も車の騒音もない。代わりに、提灯の温かい灯りがゆらめき、遠くからは三味線の音色が聞こえてくる。まるで、時代劇のセットの中に迷い込んだかのようだった。
「まさか……江戸時代?」
戸惑いながらも、彼はゆっくりと歩き出した。石畳の感触が足裏に伝わり、異世界に足を踏み入れた実感が湧いてくる。周囲を見渡すと、屋台が立ち並び、焼き団子の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。町人たちが笑顔で談笑し、子供たちが走り回っている。
「なんて……生き生きとした世界なんだ。」
健太郎の心は次第に高揚感に包まれた。彼が愛してやまないアニメーションの原点が、ここにあるような気がした。
ふと、工房の前で足を止めた。薄明かりの中、一人の男が筆を走らせているのが見えた。墨の香りが漂い、静寂の中に微かな筆の音が響く。
「これは……浮世絵師か?」
興味を引かれた健太郎は、そっと工房を覗き込んだ。その瞬間、男が鋭い視線を向けてきた。
「おい、そこで何をしている?」
厳しい声に、健太郎はハッとして立ちすくんだ。しかし、男の目にはどこか温かみがあった。
「す、すみません。絵を描いているのを見て、つい……。」
男は一瞬眉をひそめたが、やがて微笑んだ。
「珍しい奴だな。中に入ってみるか?」
健太郎は戸惑いつつも、男の誘いに従った。
工房に一歩足を踏み入れると、墨の香りが一層濃くなり、紙の質感が肌に触れるような感覚が広がった。壁には繊細な筆遣いで描かれた絵が掛けられている。
「すごい……本物の浮世絵だ……。」
感動に言葉を失う健太郎。男は筆を置き、静かに言った。
「俺は左平。この工房で絵を描いて生計を立てている。」
「白井健太郎……現代では、アニメーションを作る仕事をしています。」
「アニ……何だそれは?」
左平が不思議そうに首をかしげる。健太郎は苦笑しながら、未来の技術について語り始めた。
「たくさんの絵を少しずつ変えて描き、それを連続して見せることで、まるで生きているように動かす技術です。」
左平の目が驚きに見開かれた。
「動く絵……面白いな。」
健太郎の胸に高揚感が広がった。江戸時代の職人との出会いが、彼の運命を大きく動かしていくことになる——。