健太郎と左平の挑戦は、言葉通りゼロからのスタートだった。動く絵の仕組みを理解していない左平にとって、健太郎の説明はまるで魔法の話のようだった。一方、健太郎も江戸の道具や材料に限られた環境で、自分の知識を形にする難しさを痛感していた。
試行錯誤の始まり
「動く絵ってのは、たくさんの絵を少しずつ変えて描いて、それを順番に見せることで動いて見えるんだ。」
健太郎は紙と筆を使いながら簡単な絵を描き、左平に説明した。最初は走る犬のシンプルな動きだった。
「これが動いて見えるっていうのか?」
左平は眉をひそめながら、健太郎の描いた絵をじっと見つめた。
「それには、これを高速で切り替えて見せる必要がある。」
健太郎は未来で使用していたアニメーションのフリップブックの原理を説明し、簡易的な装置を作るために必要な木材や布、縄を求めて市場に向かった。
江戸の素材を活かした挑戦
市場では、左平の顔の広さが役立った。健太郎が見知らぬ道具や素材を尋ねると、左平が「そいつならこっちだ」と案内してくれた。竹製の枠、繊細な和紙、墨の濃淡を表現するための顔料。未来のツールとは異なるが、江戸の素材は独特の質感と温かみを持っていた。
「これだけあれば、犬が走る絵を作れるかもしれない。」
健太郎は希望を感じながら、左平と工房へ戻った。
初めての試作品
数日後、二人は最初の試作品を完成させた。竹の枠に和紙を張り、各フレームに犬が走る姿を少しずつ描いた。そしてそれを手動で回転させる仕組みを作り、動きが連続して見えるようにした。
「さあ、見てみよう。」
健太郎が装置を回転させると、犬が軽やかに走り出すように見えた。
「おおっ!」
左平は驚きの声を上げた。周囲にいた工房の仲間たちも集まり、その動きに目を奪われた。
「本当に動いているみたいだ!」
左平の声には興奮が混じっていた。彼は絵がただの静止画ではなく、生命を持つように感じられる瞬間を初めて目にしたのだ。
評判の広がり
試作品は周囲の町人たちにも披露された。人々はその新しい表現に驚き、興味津々で装置を覗き込んだ。「どうやって作ったのか」と質問する者、「次はどんな動きになるのか」と期待を寄せる者。
「左平、俺たちは何かとんでもないことを始めたかもしれない。」
健太郎の言葉に、左平は笑顔で頷いた。
だが、評判が広がると同時に、彼らの活動に目をつける者も現れた。新しい技術に対する好奇心だけでなく、不安や警戒心も広がっていった。