アニメーターの白井健太郎は、東京の小さな作画スタジオでペンを走らせていた。彼はアナログの作画監督として数々の作品を支えてきたが、近年、デジタル制作とAI技術が業界の主流となり、彼のような職人の存在意義が問われる時代が訪れていた。
机の上には山積みの原画と修正用の赤鉛筆。そしてその隣には、海外から送られてきた低品質な原画が無造作に置かれている。健太郎はため息をつきながら、それを手に取ると、一枚一枚を丁寧に描き直し始めた。
「結局、全部描き直しか…」
彼の声は疲れ切っていた。若手の作画スタッフたちは基本的な構図やレイアウトが描けず、近年では中割りや静止画の表現力さえ欠けていることが多かった。育成する余裕もなく、納期に追われる現場では、健太郎がすべてを引き受けるしかなかった。
その日も、夜が更けるまで健太郎は机に向かっていた。ペンを置いたとき、目の前にはふと見覚えのない古びた灯籠が置かれていることに気がついた。それは以前、骨董市で何気なく購入したもので、どこか懐かしさを感じる代物だった。
健太郎は何の気なしにその灯籠を手に取り、ふと中を覗き込んだ。次の瞬間、灯籠の中から眩い光が部屋全体を包み込んだ。
「なんだ…これ…?」
目を開けたとき、彼はそこが自分のアトリエではないことに気づいた。石畳の道、木造の建物、そして提灯の灯りが揺れる雑踏。周囲には見慣れない衣装に身を包んだ人々が行き交い、どこからともなく威勢のいい売り声が響いている。
「ここは…江戸時代?」
健太郎は呆然としながら、その風景に圧倒されていた。彼がこの時代に呼び寄せられた理由はまだわからなかったが、胸の奥に一つの思いが芽生えた。自分の信じる「描くことの力」が、ここで試されるのではないかと。
その旅が、アナログとデジタル、そして時代を超えた「動く絵」の挑戦の始まりだった。