目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第25話:桜と王女の憐憫

 大鎌を脇に構え、蠢く巨大昆虫の元へ迷いなく疾走したリヒト。

 ただその光景は、勇者と言う肩書きには随分と違和感のある、見たまま〝死神〟のような雰囲気。


「格好つけちゃって……似合わないし。別に、このくらいの魔物、助けられなくたって」


 は? 助けられる? これって、私助けられてる? いやいや、見惚れている場合じゃないよ!?

 働け、私の信念! 人は助けないし、誰からも助けを受けない! でも虫はキモい! 


 だけど、今は言っている場合じゃない。


 フッと意識を切り替えて、魔力を高め始めた私の顔前にコクライが現れて、小さな手を広げて見せる。


(まあ、まて嬢よ。ここは一つ、リヒトの〝仕事〟を見てやってはくれぬか? 我が主人は、嬢の見ていない所でこの世界での〝力〟が扱えるよう日々努力していた。

 それに、リヒトにとって嬢は〝依頼主〟なのだろう? なら、リヒトの行動は嬢にとって〝取引の結果〟であり、嬢の言う〝助ける〟には当たらないのではないか?)


 依頼主……そう言えば、そんな話もあった。コクライの言葉を聞いた瞬間自分の中で少しだけ熱を持とうとしていた“何か”急速に熱を失い冷え込んでいくのを感じた。


 自己都合で召喚し、自己都合でリヒトを遠ざけておきながら〝依頼〟という言葉を聞くと、途端にリヒトの行動や言葉が希薄なものに思えて……それが寂しいように感じている身勝手な自分の心。


「……わかったわ。じゃあ、大人しく〝仕事ぶり〟を〝観戦〟させてもらおうかしら」


 少し、冷めた表情でリヒトを見据えた私は、腕輪に魔力を流す。


(そうしてもらえると、我としても主人のめいを守れて助かる。

 ……だが、嬢よ、それは流石にくつろぎすぎじゃないか? ほら、リヒトもあんなに頑張っているし)


 穏やかな木漏れ日の光を柑橘系の紅茶が爽やかな香りを立ち上らせながら反射させ、白を基調にした上品なテーブルと椅子は、この空間を彩るのに欠かせないアイテムとして優雅にまた上品に居場所を与えてくれている。


カップに口づけを落とし、その香りを堪能した私は気品のある微笑みを湛える。


「私は〝依頼主〟の〝王女〟ですもの? これくらいの余裕は持たせていただきませんと? ああ、コクライさん? 美味しいクッキーがありますの、おひとついかが?」


(あー、リヒト……すまない。我は嬢の扱いを間違えたようだ……モゴモゴ、うまっ)


 そして、優雅な空間から生暖かい視線を周囲に向けると。そこは醜悪な戦場。

 蠢く巨大昆虫たちが、まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げという扱いを受けている真っ最中。


 その中心にいるリヒトは、見たこともない独特な〝歩法〟で流れるように魔物たちの間をすり抜け、真上から振り下ろされるヘルマンティスの鎌を半歩身を引いて躱し、打ち出されようとしているデモンスパイダーの毒液を優雅にすら思える動きで避け、すれ違いに鎌の一振りで全ての脚と首を刈り飛ばす。


 沈黙したデモンスパイダーの最後に放った毒液が、砂の鱗粉を撒き散らすデザートモスを襲い、ヘルマンティスへと落下するタイミングに合わせて、途端リヒトの手から離れて人の姿へと移り変わったイリナ。


 幼い少女が散歩でもするかの様な通りすがりに、鎌と化したイリナの腕が両者の胴を〝喰い裂く〟。


 リヒトの技術とセンスにも目を見張るが、驚くべきはイリナの権能だろう。


「あれは……魔力というより、命? 魂を食べている、という方がいいのかしら」


 魔物達は血飛沫をあげる事もなく存在を喰い尽くされたようにボロボロと崩れ落ち消え去っていた。


(んもんも、んくっ——アレが喰っているのは、存在の核だな。その者をその者たらしめる生物の根幹……人の言葉で言えば、まあ“魂”で間違っておらぬ。凄まじく、そして恐ろしい、冒涜的な力だ——けぷ)


「……」


(ん? どうした——あ、このクッキーはやらんぞっ! 我が食べているのだ)


 クールビューティな顔にいっぱいクッキーの残骸を貼り付け、そんな可愛い反応されたら……

 萌えるじゃないか。私が食べちゃうぞ?


(な、なんだ——この、今まで感じたこともない寒気は)


 じっと見つめていたら、なぜかガタガタ震え出したコクライから視線を外し、リヒトへと視線を戻す。


 魂を食べる〝暴食の大鎌〟。


 確かに、その名に恥じない権能だよね。魔力も魔術式も、存在すら喰べる鎌なんて反則すぎる。


 ただ、そんな権能を屈服させ、軽々と振り回しているあんたは……何者なのよ。


 偶然私の自己都合で召喚されただけの性格に問題のあるイケフェイス……特異な体質であることは認めるけど、これだけの数の魔物をたった一人で屠る姿は、私の前世でもある日本で、のほほんと生きてきた人間が召喚されてたった一ヶ月弱でたどり着ける境地ではない。


 もちろん、私も……虫はイヤだけど、リヒト同じ、いやそれ以上のことは余裕で出来る。


 だけど、それは私が〝転生〟したこの世界で十五年、死ぬほど努力し続けた結果。


 私には鍛える時間も魔力という不可思議な力に順応する期間も十二分にあったからこその今だ。


 同時にこの結果は、リヒトが元の世界でも〝普通〟ではない人種であることを物語っている。


 魔物相手に恐怖も感じず、命を奪うことに抵抗も感じない。


 洗練された動きは無駄がなく、その技量には私ですら届かないと思える技の冴えが垣間見える。


 正直、この世界で訓練を積んだ私の技量では戦闘の玄人である王国の上位騎士には到底及ばない。

 私の力は一般人が必死に努力した成果くらいの技量に膨大な魔力と召喚というチートな能力が加算されているからこそたとえ上位騎士級であっても余裕で凌駕できるのだ。


 でもリヒトの技量はそんな上位騎士を身体的な能力も含めて完全に上回っている。


 リヒト。あなたは一体……もしかして、私にとって本当に特別な。



 ——リヒトにとって嬢は〝依頼主〟なのだろう?



「……っ」



 自分でもどう表現したらいいのかわからない感情が心のなかでごちゃ混ぜになっていく。

 やっぱり、私は歪んだ人間なのだろうか。



「よ、アイン様っ? 虫はあらかた片付いたぜ? しかし、あんなのを操る奴がいるなんて……凄いな? 魔術ってのは」


「きひひ、ご主人様ぁ、ウチ、まだ食べ足りなぁい。操っていた術式も単調な命令式だけ、はっきり言って三流? アインの術式の方がまだ美味しかった」


 美味しい術式って何? と若干疑問を残しつつも、敵を瞬く間に殲滅したイリナとリヒトが歩み寄ってきたので椅子とテーブルを素早く収納して向き直る。


「ご苦労様ですわ? 〝取引〟の〝報酬〟は、城に戻ってからお支払いしますわね? では、そろそろ戻りましょうか? お兄様や兵達を待たせっぱなしでは悪いもの」


 私の反応にガキンっと音が聞こえそうな感じで、リヒトとイリナが硬直する。


「きひ、ど、どうした? アインの奴。もしかして、ウチ? ウチが怒らせた感じ?」


「コクライ? 俺らがいない間に一体何が……」


(すまん、リヒト。嬢への言い回しをミスった)


 足早に先頭を歩いていた私は、失礼な会話を繰り広げる後方の三人へくるりと優雅に向き直ってニッコリと微笑んだ。


「コクライさん? 何も間違えてはいませんわよ? 私とそちらの〝勇者(仮)様〟はお互いに〝相互利益〟のため契約した〝依頼主〟と〝請負人〟ですから? では、まいりましょう。この先でもよろしくお願いしますね? 〝烏間黒斗様〟」


「——っ、ち」


「うわぁ、性格わっる。つでにメンドっ。ウチ以上じゃん? きひひ」


(あー、まあ、なんだ、我もリヒトも悪気はないのだ……嬢よ、その辺で許してくれ)


 私の言葉に、暗い影を表情に落として静かに俯いたリヒト。


 そんな様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべるイリナと一人板挟み的な感じでオロオロしているコクライ。


 性格が悪いか……そんなことは、私が一番わかってる。


 コクライとのやり取りで私は気がついてしまった。

 私が心のどこかで、リヒトに〝勇者〟としての役割を無意識に期待してしまっていたと。


 そして同時に思い知らされた。


 何を熱に浮かされていたのだろうか。酷い態度を見せ続けても〝塔であの姿〟を見られても、普段通り接してくれたリヒトに甘えていたのかもしれない。


 所詮私たちは仮契約の関係……リヒトに至ってはただの被害者で、私に向けられている〝好意〟は便宜上行った〝契約〟による影響に過ぎない。


 つまり、私たちの間には〝何もない〟空っぽの関係でしかないのだ。


 だから、やめよう。彼の〝好意〟に甘えるのも。

 今までこの先一生表に出すことがないと思っていた〝素の自分〟をリヒトに対して見せるのも。


 それは、あまりにも滑稽だから。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?