「そうか、リヒト殿。改めて私はアレクサンダー、お見知り置きを」
爽やかな笑みでと向き直ったアレクサンダーは、言葉が通じない事を承知で礼儀正しく挨拶をして、その手を差しだす。烏間改め——リヒトが合わせるように笑顔で握手に応えながら唇の端で愚痴る。
『おい、俺より先に俺の名前を教えただろ? それはどうかと思うぞ?』
まあ、確かに。だって、あのまま放置してリヒト——自分でつけた名前を呼ぶの、ちょっと恥ずい……
当面は心の中だけで。あとついでに名前の事も謝っとくわ、ごめんなさい。
『心の中で謝っとく』
『そういうのは、ちゃんと言葉にして伝えような?』
『——リヒト。あんたの名前、黒ばっかりでジメジメしてるから、少しは〝明るく〟生きなさいよって事で〝光〟って意味のリヒト。どう? もう兄達に紹介しちゃったから訂正できないけど』
『……』
流石に名前ディスちゃったのは不味かったかな……と少し気まずい感覚でチラリと視線を向けたその表情は、少し驚いたように私へと向けられていて、ただその瞬間、薄暗い海に月が溶け込んだような深い群青の瞳が僅かに揺らいだように見えた。
それ以上に私は、どこか儚げに輝く夜の海のような瞳が美しいと感じ、気がつけば引き込まれるように見つめ返していた。
『あ、ああ、リヒト……そうだな、まさかそんなに真剣に考えてもらえると思っていなかったから少し驚いた。だが、嫌いじゃない——俺は今から〝リヒト〟を名乗る』
『そ、そう。別に、気に入ったんなら……よかったじゃない』
ハッと我に返った私は慌てて目を逸らす。なんか、気まずい。
そんな私たちの空気を感じてか、強引にアレクサンダーが話を割り込ませてきた。
「しかしリヒト殿! 光の高位精霊様とは恐れ入ったよ? 僕も、光属性の魔術を得意としていてね?
出来ればもっと高位精霊様のお力を拝見できないかな? 実に興味がある」
めんどくさ、本当に嫌いだわこの人。言葉通じないのわかってるくせに私の方へ目も向けないで喋りかけるあたりが非常にいやらしくて不愉快。
『あ〜、こいつ、もしかして「俺にも真似できるから、もっとすごいことやれ」みたいな事言ってる?』
もう、疑いではなく確信ですなコレは。
『ねぇ? 実は、言葉わかってる?』
じっとりと疑いを混ぜ込んだ半目で睨む私になんてことでもない様にリヒトは肩をすくめて応える。
『いや? ただなんとなく雰囲気と表情、口ぶりからそんなニュアンスだろうなと……異世界の言語って言っても〝言葉〟だろ? それに、魔術? 以外の部分ではこれだけ文化形態が俺の知る世界と似通っているんだ。宇宙語……とか言われるとお手上げだが、ここは海外にいるようなもんだろ?』
何? なんだろうこの敗北感? イケフィスの正体はインテリイケフェイスですか?
いや、ガチの
『……なんかムカつく』
『え? なんで? というか、アイン王女様? この空気……俺はどうしたら』
『そのまま大人しくしていて……こっちでやるから』
アレクサンダーの言葉になぜか目を輝かせた国王が乗っかり、まだかまだかと子供のようにはしゃいでいる。アレクサンダーは何かしら妨害でもする気なのか、そもそも高位精霊の証明なんて出来ないと踏んでいるのか、笑みを浮かべながら冷静に観察している。
甘いよ、第一王子さん? 実はいるんだよね? 先ほどからリヒトの肩に、まんまネバーランドの妖精さんみたいな子がちょこんって、既に座っていたりするのですよ。
ついでに言うと、本当に光の魔術に才能がある人には肩の妖精さんが見えるんだなぁ、これが。
見たところ、第一王子殿には見えていないご様子。てか、ピカリンが露骨に嫌な顔してるしね? 光魔術が得意? はっ! 盛大にブラフたてちゃって——あ、中指立てられてる。逆にどんだけ才能ないんだよ。
よし、光の高位精霊っぽいことね……いっちょ盛大に行くかな?
(ピカリン? 今からちょっとだけ〝実体化〟してもらうから適当に話合わせてくれる?)
私の意思に反応したピカリンが少し頭を捻った後、可愛らしく親指を立てて応えてくれた。愛いやつめ。
ふわりとリヒトの背後へ飛び上がったピカリンは、ペカっと眩い光をその場で発する。
「な、なんと……この光は」
「まさか、本当に高位精霊が!?」
驚愕に目を見開く国王。第一王子殿は何気に信じていなかった事をゲロっているが。
『うお、眩しっ——』
『今からピカリンがあなたを勇者っぽく見せるから変に反応しないで、なんかそれっぽくしていて』
『ピカ? はぁっ?』
だからリアクションするなし。私はリヒトを手の平と目力で更に制し、発せられた光へと視線を向ける。
瞬間、更に強く輝いた光に全員が目を眩ませ、リヒトだけが私の指示に従い、何か悟りを開いたような表情で、ついでに指先でもそんな人のような形を作り佇んでいる。
「「「————!?」」」
光が収束すると同時にその場にいた全員が声を失った。
「ああ、まさか光の高位精霊様。そのご尊顔を拝謁できる時が来ようとは。なんと神々しいお姿か……」
国王が目尻に涙を溜めながら拝むように見上げる視線の先には、純白に輝く衣と人外の神々しさを纏った一見美男子に見えなくもない少女が佇んでいた。
「この者は我に守られし存在——この者を害すは、我に仇なすものとしれ……ピカ」
(……ピカリン)
「……ぴかぴかの勇者に幸在らんことを」
(無理があるでしょう?)
ああ、やっちゃったな。それっぽく喋ったのはいいけど、語尾に〝ピカ〟ついちゃった。
本人は誤魔化したつもりだろうけどぴかぴかの勇者て。状況悪化していますよ。
ちなみにあの語尾は、本人曰くキャラ付け? だそうで、普段は結構無理して使っている感じなんだけど、逆にここで出ちゃう? ま、そこがピカリンの可愛い所だけどね。
「滅相もございませぬ! 我々の希望たる勇者殿を害すなど絶対にあろうはずがございませぬ!!
ガルムス国、国王の威信と王位に誓って、このエルドラムいかなる時も勇者殿の味方で有りましょうぞ」
国王は力強く言葉を発して、リヒトの前に膝を折った。
王様て簡単に膝とかついていいんだっけ? ダメだよね、多分。
でも、それだけ高位精霊の存在が神がかっていると言う事だ。そんな精霊に祝福された異世界人……これ以上の〝勇者〟はいないでしょ。
兄姉達といえば、萎縮していたり、面白くなさそうにその姿を見つめていたり、国王と同じ姿勢をとっていたり疎らだけど、大丈夫なのかなこの国。
と、思いを巡らせながら私も角が立たないように国王と同じく膝をついてリヒトの前に膝をついてみた。
「よい。今後、我が契約者たる勇者の導き手にはアインちゃ……召喚者であるその者を任命する。光の導きがこの王国全土にあらんことを……ピカ」
もう、ボロボロだね、ピカリン。でもいいよ、可愛いから許す。
「謹んでお受けいたします」
私が一度顔を上げ、もう一度頭を下げると、一瞬リヒトの背中越しにドヤァな感じのピカリンがいた。