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ep11.魔物の洋館

 森で逃げ惑う日々、冒険者との死闘に疲れた俺は倒れた。

 普通ならそこで死んで、体は土に還ることだろう。

 ところが目覚めると俺はベッドの上にいた。


「俺は死んだはずでは……」


 ベッドの上……。

 残念ながら俺は生きているようだ。


「ここはどこだ?」


 そこは黒い部屋だった。

 周りには簡素なタンスやイス、鏡があった。

 ここはどこかの街の宿屋だろうか。

 もし、そうだというのなら俺は運が悪いと言えるだろう。


「……体が軽い」


 ふと鏡を見た。

 すると驚いたことに鎧兜は脱ぎ取られ、銀髪の男が映っていた。

 黒い上下の服を着ている。

 呪われた装備をする前の俺、ガルア・ブラッシュの姿だ。


「目覚めたようだな」


 後ろから野太い声で呼ばれ振り向いた。

 するとそこには『トロル』と呼ばれる魔物がいた。

 色違いの亜種。

 元来種のトロルは茶色の肌を持っている。

 だが、このトロルの肌は紅梅色だ。

 しかし、通常のトロルと同じくでっぷりとして体は大きいが、それは肥満体でなく、筋肉質なものだ。


「治療の成果はあったようだ」


 トロルは魔獣の毛皮を腰に巻き、鋭い眼を持ちながらもどこか安堵した表情で俺を見つめていた。


「魔物ッ!」


 素手であるが俺は咄嗟に構えた。


「武器もないのに戦うつもりか?」


 トロルの言う通りだった、今の俺は武器を持たない。

 丸腰の状態だ。


「やめておけ、剣を持たぬ戦士が俺に勝てるはずもない」

「くっ……」


 俺は構えを解いた。

 このトロルと戦ったとしても無惨に殺されるだけだろう。


「大人しくしろ、お前を殺すわけではない」


 魔物らしい低い唸り声をあげるも、このトロルはどこか知性を感じさせた。

 トロルは人間を見たら、即座に生まれ持つ怪力で引き裂こうとするものだがそれはなかった。

 俺が間合いを測りながら警戒するも、トロルは手招きする。


「ついてこい」

「どこへ連れて行くつもりだ」

「黙ってついて来るんだ」


 トロルはそう述べると部屋から出た。

 俺はこのトロルに付いていくことにする。この部屋に留まったところで仕方がないからだ。


(どこかの屋敷か……)


 部屋を出ると怪しげな雰囲気を醸し出す。

 暗いこの場所はどこかの屋敷なのだろう。

 血のように赤黒い絨毯が床には敷かれ、壁には誰を描いたかわからない人物画に、色使いが暗い風景画が掲げられている。


「今からお前に会わせたい人がいる」

「会わせたい?」

「人と言っていいかわからんがな」

「どういう意味だ」

「ついてくればわかる」


 のっそり歩くトロルの後をついていった。

 ツカツカと二人の足音が廊下に響く、ここまで誰にも会わない。

 不気味な通路を歩いて行くと、


「ついたぞ」


 黄金の装飾物で飾られた扉前まで来た。

 するとまるで俺を誘うかのような、扉が開いた。


「入りたまえ」


 部屋の中から男の声がする。

 俺はゴクリと唾を飲み込み部屋に入った。


「ようこそ、戦士ガルア・ブラッシュ」


 広い部屋には人間がいた。

 ヒゲを蓄えた中年の男で、黒い貴族服を着ている。

 どこかの国の貴族だろうか?

 大きな椅子に座り、笑顔で俺を出迎えている。


「私はサッド・デビルス」


 男はサッド・デビルスと名乗り、


「……魔族だ」


 驚いたことに目の前の男は『魔族』だという。

 見た目は完全に人間だが……。


「魔族?」

「この姿は仮初、人や動物に擬態する呪文で変化している」

「……呪文ね」

「まあ、魔族にも人間に近い姿のものがいるがね」


 ラナンのことを頭をよぎった。

 魔族の広義は広い。

 この世界では悪魔や妖魔をひとくくりにしている。

 ある学者による定義では人間に近い姿を妖魔と呼び、それ以外を悪鬼や悪魔と呼んでいるらしい。

 ならば、このサッドは魔法で人間の姿を借りているならば悪鬼、悪魔の類だろうか。


「何が目的だ。それにここは……」

「そのことなんだがね」


 サッドはそう述べると指を弾く。

 するとワインとグラスが召喚され、サッドはトクトクとグラスに注いだ。

 それを一口飲むと、


「ふむ……まだ酸味がきついな」


 ワインを一口し、俺に一つの提案を出した。


「人間である君を仲間に迎えたい」


 俺を仲間にしたいという申し出だった。


「俺を?」

「君を魔王軍の戦力として引き入れたいのだ」

「魔王軍……戦力……お前は何が言いたいんだ」

「――口の利き方には気をつけろ、お前ではなくサッドだ」


 サッドは急に口調が変わった。


「ッ!」


 その威圧感に俺は少し押された。

 口からは少し牙が見え、一瞬であるが角のようなものが生えたからだ。

 やはりこの男は悪魔系の魔族なのだろう。


「いやはや失礼――招き入れようとしたのに申し訳なかったね」


 再び口調が穏やかになった。

 感情の緩急を使うサッドは心理戦に長けているのだろうか。

 そこがどうにも、狡猾な魔族らしくもある。


「さてと本題に入る前にだが、君に会わせたい人物がいる」

「会わせたい人物?」


 会わせたい人物とは誰だろう。

 俺がそう思っていると、後ろから女の声が聞こえて来た。


「――久しぶり」


 どこかで聞いた声だ。

 俺は後ろを振り返ると――。


「お、お前は……」


 髪は長い濃いイエロー、瞳は赤く、黒いローブを身にまとう少女が立っていた。

 彼女はラナン・シャルト、あの時の女魔族だ。


「お互いに生きていたわね」


 妖艶な微笑みを浮かべ、宝石のような瞳を輝かせていた。

 ラナンに驚く俺を見るサッドはニタリと笑った。


「……ガルア君」


 サッドが呼びかけると、衝撃の一言を放った。


「魔王ドラゼウフは倒され、我々は新たなゲームを作らなければならない」


 魔王ドラゼウフが倒される?

 ドラゼウフはどうやって、誰が……。

 それに新たなゲームとは……。

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