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ep10.戦士、逃亡者となる

 ――あれから数日がたった。

 俺はただ彷徨い、現れる魔物を倒し、僅かに残る薬草で傷を癒し、岩場や樹木を寝床にしながら生き長らえていた。


「ハァハァ……ハァ……」


 呪われた装備に身を包まれたまま逃げている。

 生きるための孤独な逃避行が始まっていた。


「ヴォイド! あそこにいたぞ!」

「よし! 絶対に逃がすなよ!」


 賞金稼ぎに追われ、俺は山中を駆けずり回っていた。

 ここがどこの国で――どこの山なのかもわからない――。


「勇者を殺した戦士がいては困る!」

「早めに削除せねば!」


 後ろから男達の声が聞こえる。

 そう、イグナスは死んだ。

 俺が殺したのだ――ラナンを助けるために殺したのだ。


「逃げるなよ、ガルアさん」


 目の前には剣を持った男が現れた

 その男は灰色と黒に包まれた剣士だった。

 雄牛の角がつけられた黒兜を深く被り、皮鎧は灰色と珍しく何かの魔獣の皮か何かだろうか。


「やめろ……」

「やめろ? どだい無理な話ってもんだぜ。脚本通りに動かない人形はいらないからな」

「脚本?」

「お前さんは気にしなくていい、これから消されるんだからな」


 男は剣を両手に持ち、平正眼の構えを取る。

 それにしても『脚本』とはどういう意味なのだろうか……。


「へへっ! やっと追い詰めたぜ!」

「早めに削除しないとな」


 笑い声が聞こえてきた。

 振り向くと追ってきた賞金稼ぎだ。

 どうやら男の仲間のようで、彼らも男のように黒と灰色の装備に包まれていた。


 一人は黒の拳法着で鉄爪をつけた武闘家タイプ、もう一人は灰色のローブをまとった魔法使いタイプ。

 それぞれが強力な技や武器、魔法を持つ相当な手練れだろう。

 これまでの旅で得た経験による勘がそう言っている。


「エイフウ、ヴォイド、タイミングを合わせるぞ」


 エイフウと呼ばれた武道家は拳法の構えを取り。


「アーシュ、委細承知!」


 ヴォイドと呼ばれた魔法使いは手から火を練り出す。


「お気の毒だが、お前の存在を消させてもらう」


 賞金稼ぎ達が一斉に襲いかかってくる。

 彼らの殺意に反応して、俺の被るスカルヘルムからの指令が入る。

 敵を倒せと――。


          ***


 戦闘が終了――俺は生きていた。

 体中に刃物による切り傷、呪文による火傷が残る。

 呪われた装備品の力によるものか、これまで前線で戦い続けたことによるタフさによるものか――。


「ぐっ……」


 俺はダメージが蓄積したのか、地面に膝をついた。

 もうダメだろう……そう思っていたが賞金稼ぎ達は息を弾ませ、焦りの表情を見せていた。


「タ、タフだな」

「とっくに生命力は尽きてるはずなのに……」


 二人の疑問に、ナイトロは答えた。


「……想定外の『バグ』の発生している可能性がある。ここは退くぞ!」

「退くだと?」

「もうすぐ倒せるかもしれんのだぞ」

「ここは一旦退け。クレストに報告した方がいい」

「……お前がそこまで言うのなら仕方あるまい」

「貴様、命拾いしたな!」


 ナイトロ達はそのまま逃げ去って行った。

 俺は彼らがいなくなったのを見届け、荒い息を吐きながらその場に崩れ落ちた。冷たい地面が疲弊した体をわずかに癒してくれるように感じたが、傷の痛みがそれ以上に全身を蝕む。


「バグとは一体……」


 ナイトロの言葉が脳裏に焼き付く。『脚本』といい、『バグ』といい、彼らの発言には何かおかしなものを感じる。自分の身に何が起こっているのか、全く掴めないまま混乱していた。


 だが、考える余裕もない。自分の体力は限界を迎えつつある。手持ちの薬草もとうに尽きかけ、呪われた装備はその力と引き換えに俺の命を少しずつ蝕んでいるように思える。


「眠い」


 無意識にそう述べた。

 どんどん体が重く、鈍くなると視界が狭まった。


「……死ぬんだな」


 闇がどんどん大きくなる。

 死というものが近付いてきたのだろうか。

 俺はそう思うと逆に心が安らいだ――。


「こいつが噂の人間ですか」

「うむ、やっと見つけることが出来たな」

「あの方も物好きなお人だ。何故こんな一介の戦士を……」

「つべこべ言わず運ぶぞ」

「ヘイヘイ」


 甲高い声、野太い声――。

 二つの声がする。

 妖魔、魔獣の類の声だろう。

 ならばここで俺にとどめを刺せ――と俺は願った。

 このまま逃げ続けるのも限界、かといって自死するのも戸惑う。

 戦士と舞台役者のまま、この物語で死ぬのも運命だろう。


(役者? 俺は何を考えているんだ)


 不可思議な言葉が脳裏に浮かんだ。

 俺は一体何者だったか、何かを思い出せそうな気がした。

 闇の中で微かな揺れを感じる。


「しかし、タフな野郎だぜ。あれだけの攻撃を受けて生きてるなんてよ」

「だが、治療は必要だ。この人間の男に死なれては困るのでな」

「お前の回復呪文で治したらいいじゃないか」

「いや、この呪われた装備品の瘴気が完全治癒を妨げる」


 低い声が続く。

 彼らは俺の装備の影響を認識しているらしい。

 だが、それを取り除く方法を知っているのかはわからない。


「それを解くためにどうするんだい」

「あやつの力が必要だな」


 何かに運ばれている――そのことに気づいた時、俺は目を覚まそうとするが体は言うことを聞かなかった。

 まるで意思を奪われるかのようにまぶたが重く閉じ――俺の意識はそこで途絶えた。

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