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ep06.ラナン・シャルト

≪名も無き村の納屋≫


「……あの呪いの兜を渡したのがマズかったか」


 人のいなくなった納屋では、イグナスが胸を押さえうずくまっていた。

 勇者は死なずに生きていたのだ。


「スカルヘルムによる『自動反撃』か……」


 黒魔導師の塔というダンジョンで手に入れた『スカルヘルム』。

 人の頭蓋骨を模した兜であるそれは、最高クラスの防御力を誇るが一方で相手の殺意に反応して攻撃を加える『自動反撃』の効果が付与される。


 つまり、イグナスが向けた殺気に反応して意志とは関係なく攻撃を自動的に行ってしまい仲間を傷つけるときがある。

 この兜により、イグナスは過ぎた殺意を魔物に向けたがためにガルアから攻撃されたときがあった。

 宿でのジルとの問答で興奮し、そのことをすっかり忘れていたイグナスは痛みに堪えながら苦々しく思っていた。


「ぐうう……ガルアめ!」


 イグナスとガルアの出会いは、序盤の冒険でグリンパーマウンテンという山中の小さな村に立ち寄ったときかに始まった。

 村一番の剣の使い手である戦士ガルア。

 前衛の強力な仲間がいないイグナスは、ジルの進言もあり仲間に引き入れたのである。


 だが、冒険を進めるうちにその存在を疎ましく思い始めた。

 これといった特技やスキルもなく、前衛で肉壁となって戦うだけの存在だからだ。


「胸骨とアバラか……回復が必要だな」


 冒険が進むにつれて敵も強くなり、前衛でダメージを受け続けるガルアを回復させるためにアイテムの消費が激しくなった。

 さらに戦士であるため、武器や防具を揃えるのにもゴールドがかかる。

 ゴールドを節約したかったイグナスは、各ダンジョンで手に入れた呪いの武器や防具をガルアに装備させた。

 呪われたとしても、教会やミラの呪文で取り外せばいいと安易に考えていたのだ。

 呪いの装備の効果で冒険中、危険な場面もあったが現にそうして冒険を進めてきた自信がイグナスにはあった。


「ガルア、この災厄の兜を装備しろ。敵に狙われやすくなる効果があるらしいが、お前は元々前衛タイプだからいいだろう?」


 始めは兜からだった。

 次は盾、鎧……その行為はどんどんエスカレートしていく。


「ミラの魔力や回復アイテムを無駄に消費させるなよ!」


 呪いの防具に身を固めたガルア、呪いの効果で彼がパーティの足を引っ張るたびに罵倒していった。

 コスト削減と面白半分でやった行為だったが、だんだんとガルアをパーティから居づらくする行為に変わっていった。


「あいつ、使えないな」


 イグナスは、ガルアをパーティから外したかった。

 そして、念願叶いやっとパーティから追い出すことが出来た。


「次は武闘家を仲間にしよう……ゴールドも使わないし、前衛での活躍も期待できる」


 痛みを堪え、やっとの思いで立ち上がるイグナス。

 ダメージ受けながらも『次の冒険』のことを思案する。

 ここで立ち止まってはいけない、魔王を倒すのが勇者の使命だからだ。

 しかし、その前に早くミラに回復してもらわなければならない。


 ――カッカッ。


 足音が聞こえた。

 誰かと思ったが、足音の主はよく知る人物だ。


「お前か……丁度良かった、回復……」


 ――ビッ……!


 心臓に電撃が走った。

 雷属性の魔法を胸に打たれたのだ。



 イグナスの視界は闇に包まれ、意識は深い淵へと沈んでいく。

 心臓の鼓動が小さくなるのを感じた。


 ――死。


 この世との永遠の別れである。


「な、何故?」


 それが最後の言葉だった。

 世界を救うべき勇者は深い深い闇へと落ちていった――。


          ***


 俺は女魔族を連れ、急いで村を出ていた。

 行先はどこか……それは何処なのか。

 俺にもわからないでいる。

 この何もないフィールドを歩く、ただただ歩くだけだった。


「……その手を放してよ」


 女魔族は視線を逸らしている。

 それもそうだ、いつまで手を引いているのだろう。


「すまん」


 俺は手を放す。

 それは即ち解放を意味する。


「どこへなりとも行くがいい」

「私を殺さなくていいの? 村を焼くかもしれない、それにあんたを殺そうとした」


 俺は女魔族の言葉を無視して野道を歩いた。

 行先は決めていないが、仲間を……勇者を倒して逃げたのだ。

 これから起こりえることを想像する。


 イグナスが来るのかもしれない。

 または、王国から勇者の裏切者として刺客が送りこまれるかもしれない。

 もしくは賞金をかけられ、国中の賞金稼ぎが俺の首を狙ってくるか……。

 後悔しながらも、自分の将来がどうなるのか全く予想がつかない不安と絶望だけが残る。


「待って……」


 俺の背中に向けられた声が、女魔族のものだとすぐにわかった。

 足を止め、振り返るべきかどうか、迷いが胸を過ぎった。

 魔族にとって、人間は敵――何か攻撃を仕掛けるかもしれない。

 命を助けたものの、これからのことを想像して疑心暗鬼にかられた俺は彼女に対して敵としての警戒感を持ってしまった。


「どうした?」


 俺は振り返らずに答え、また手にするカタストハンマーを握りしめる。

 冷たく響いたその声に、自分の疲労と苛立ちを感じ取る。

 身勝手で軽率な自分に対するどうしようもなさも拍車をかける。

 重たい様々な感情の渦が心中で格闘する――。


「私の名前を知りたいんでしょう」


 女魔族の声に足を止めた俺は振り返ることなく、少しだけ首を傾けた。


「名前……?」


 声に出したその言葉が、自分の中で妙に響いた。

 そう、俺はまだ教えられていないでいる。

 彼女が何者なのか、何故ここにいるのか、その背景も名前も何もかも知らないでいる。


「私はラナン……ラナン・シャルト」

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