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ep03.紅い瞳が語るもの

 村に火を付けようとした女は魔族だった。

 俺とジルは、このことを直ぐに村長に伝える。

 すぐさま村の男達が集まり、魔族の女を縄で縛り納屋に入れた。

 ジルはフッと息をつく、少し安堵した表情だ。


「これで動けまい」


 女は魔族――。

 目を覚ますと何をするかわからない。

 縄で縛られた魔族の女を見る村人達。

 村長を中心に話し合いを始めている。


「村長どうします?」

「何でも魔族だとか」

「うーむ……どうするもこうするもなァ」


 村長は困った顔をしていた。

 魔族といえど見た目は人間とさほど変わらない。

 その処遇に困っているのだろう。

 このまま目を覚まして逃げ出せば、また村へと災いをもたらす。

 だが、本当に……。


「殺すしかないな」

「ジル……」


 冷たくそう言ったのはジルだ。


「見た目は人間、しかし所詮は魔族。今ここで殺さなければ人間に仇なす」


 ジルはそう述べると、女魔族に向けて手をかざした。

 掌からは火の玉が練り出されている。

 それは皮肉にも、女魔族が行おうとしたものと同じ行為。

 即ち……レッドショットによる処刑。

 俺は何を思ったのかジルを止めた。


「待て、何をする気だ」

「見ればわかるだろ」

「殺すのか?」

「ここで殺さんと、村に災いをもたらす」

「……今は待ってくれないか」

「待ってくれだと?」


 俺は何を思ったのだろうか。今思えば不思議だ。

 この女魔族が村に火を放とうとした理由を知りたくなったのだ。


 ――私の友達を殺した。


 その言葉が俺の中に引っかかる。


「ガルア……おかしな呪文にかけられていないだろうな」

「俺は呪文にかけられ操作はされていない」

「ならば何故止める?」

「それは上手くは言えない」


 俺とジルは暫く睨み合う。

 睨み合いは数秒続いたが、ジルは折れたのかフッと溜息を吐いた。


「ふん……甘い男だな。そういうところは嫌いではないがな」

「ジル……」

「だが、その魔族が何かするようであれば躊躇なく消す。それだけは胸に留めておけ」

「ああ……それはわかっている」


 俺の心を察したかどうかはわからない。

 ジルは気を失っている女魔族を見ながら俺に言った。


「念のためだが、イグナスには話しておくぞ」

「イグナスに?」

「仕方あるまい。想定外のことが起こったのだからな」


 そして、ジルは納屋の出口まで歩くと不意に足を止めた。

 俺に方へと振り向くと静かに、また鋭く言葉を口にした。


「見張りはお前に任せる、わかったな?」


 俺はゆっくりと頷く。

 見張りか……俺は女魔族の方を見る。

 女魔族は静かに目を閉じていた。

 まだ気を失ったままのようだが、村人達はざわつき始めた。


「み、みなで見張った方が……」

「ダメだ。突然目を覚まし、お前達を攻撃するかもしれん」


 村長の言葉にジルはそう答えた。

 確かにそうだ。

 今は気を失ってても、突然目を覚まして攻撃してくるかもしれない。

 この魔族の女の魔法なら、縄を魔法で解くなど造作もないこと。

 そうなれば、戦闘能力の低い村人が巻き込まれる可能性もある。


「この方だけで大丈夫なのですか?」

「勇者様のお話では、戦闘でまるで役に立たなかったとか」


 村人達が俺を見て不審がる。

 どうやら、イグナスは俺が青の暴君との戦闘に出遅れたことを話していたようだ。

 少し心に重いものが来るが仕方がない――それは真実なのだから。


「全く、言わなくともよいことを……」


 ジルは溜め息をつき、村人達を安心させるかのように語りかけた。


「その男は頼れる戦士。我々の仲間だ」


 ありがたい言葉だった。

 冷たい印象の残るジルだが、心に熱いものを持っている。

 ここまで苦楽を共にした仲間、だけどもうすぐ別れなければならない。

 次の街に到着し、この呪われた武具を外せば、二度と会うことはないだろう。


「ガルア、後はお前に頼んだぞ」

「任せてくれ」


 ジルはそれを聞くと、


「お前達も出るぞ、この魔族がいつ目を覚ますかわからん」


 と述べ納屋から出て行った。

 一方、村長を始めとした村人達はジルを追いかけていく。


「お、お待ちを!」

「あの戦士一人に任せて大丈夫なのですか!」

「ジ、ジル様!」


 村人達はジルを追って納屋から出て行った。

 静寂が流れる、今ここには俺と女魔族の二人しかいない。


「う、うぅ……」


 女魔族の声が聞こえた。どうやら意識を取り戻したらしい。


「お目覚めか」

「あ、あんたは……」


 目を覚ました女魔族は俺を睨みつけていた。


「ふふっ……生かしてくれたんだね」

「女を殺せるか」

「あははっ! 女だって? 私は魔族だよ? すぐに殺さなかったことを後悔させてやる」

「態度だけは強気だな」


 女魔族が呪文を唱えるよりも早く、俺は武器を手に取り構えた。

 すぐ頭にハンマーを振り下ろせるほどの位置に間合いを取っている。

 武器の効果で外れたとしても、魔法攻撃に耐えうる防御力はある。

 それが戦士の俺にある唯一の取り柄だ。

 ダメならば二撃、三撃だ。


「あんたのような甘ちゃんに、そいつを振り下ろせるのかい?」

「できるさ、試してみるか」


 俺はハンマーを上段で構えた。


「ちっ……」


 すると女魔族は観念したかのように大人しくなった。


「殺すなら早く殺しなよ」

「……友達を殺されたといったな」

「はあ?」

「どういうことか説明しろ」


 女魔族は下を俯く。よく見ると涙を流していた。


「人間のあんたに言ってどうなるのさ。早く私を殺して経験値とやらを稼いでみなよ」

「何を言っている」

「あんた達が今までやってきたことよ。魔物を倒し経験値を稼ぐ、ごく当たり前のことだよ」


 おかしなことを言う。

 襲ってくる魔物を倒すのは当たり前のこと。

 冒険を進むごとに魔物の強さが変わり、その度に倒す。

 その戦闘経験が糧となり、より凶暴な、より凶悪な魔物を倒すことが出来る。


「俺は俺の判断で動く。お前は動くな」

「じゃあ、私は抵抗して動いてやるさ。それなら……」

「動くなと言っている。俺は……お前を今は殺したくない」

「殺したくない? なんでよ」

「それなりの……事情があるかと思ってな」

「バカじゃない、敵である魔族に理由を訊くなんてね」


 確かに女魔族の言う通りだ。

 魔族に理由を訊いてどうするのだろうか、そもそもヤツらに正当な理由などあるのだろうか。

 人間を殺し、自分達の生きるテリトリーを拡げたいだけだ。


「それよりも、あんたの着ている鎧や兜――形状からして私達魔族が作った代物だね。人間如きがそんなものを装備しておかしくない?」


 この呪われた装備品は魔族が作ったものだったのか。

 俺はそのことに少し驚くも、至極当然とも言える。

 魔族の武具を人間が完璧に扱えるわけがないからだ。

 いや……そんなことを考えている時ではない。


「黙れ、そうやって関係のない話をして隙を作りたいのか?」

「そうじゃないさ……あんたに少し興味を持ち始めただけさ」


 それっきり女魔族は黙ってしまった。

 俺は女魔族の傍に座る。


(……こう見ると人間と変らんな)


 人間とさほど変わらないその姿。

 年齢でいえば俺よりも下くらいだろうか。

 雰囲気的には町の花売りのようなその見た目。

 人間であれば、このような出会いをすることはなかっただろう。


(何を考えているんだ俺は! 呪文にでもかけられた!)


 油断するな、戸惑うな、迷うな。

 相手は所詮、魔族――人間に仇を成す存在。

 俺を惑わし、隙あらば攻撃してくるかもしれないのだから――。

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