「あれが残忍なケルベロスと噂の高い……」
「ほおほお……野蛮ですな……」
私はツエルベルク星系にある参謀大学の通信制卒業式に出ていた。
……といっても他に生徒などいないが。
軍司令部は一種のご褒美として、参謀大学に入学させてくれた。
しかし、参謀大学のTOPは少将。
私は中将。
当然面倒くさいから、『早く卒業してくれ』というわけだった。
「貴官のこれからの活躍を切に願う!」
「ありがとうございます!」
学長より修了証書を受け取る。
大学の職員さんから祝福の拍手をうけた。
……何はともあれ、これで一応エリートたちの出る参謀大学の卒業生の仲間入りだった。
その足で、総司令部に向かう。
「こ……これは中将閣下! どうぞどうぞ!」
初めて守衛に気を遣われる。
以前まで、私を亜種族の将官風情と馬鹿にしていた連中の態度が変わっていく。
参謀大学の卒業ということが大きな意味を持ったと実感した瞬間だった。
☆★☆★☆
「まぁ座れ」
「はっ」
私はカリバーン帝国軍部のTOPであるクレーメンス公爵元帥の部屋に呼ばれていた。
女性から温かいお茶を受け取った後、話が切り出される。
「君にな、いい話をもってきた」
「はぁ」
……どんないい話だろう?
もしかして出世か?
しかし、中将の上は大将。
今にそれはない。
「ワシの孫娘じゃ、可愛いじゃろ?」
「はっ!」
写真を見せられる。
なんだ、単なる孫自慢か……。
確かに可愛いが。
「……でな、嫁にどうだ?」
「ええ!?」
声が裏返ってしまった。
……なんだ、なんだ?
「その年で中将。まして参謀大学もでたからには先が明るいでな……、ワシの派閥にはいれ!」
「はっ! 派閥のことは承りますが、お孫様の件はもったいなく存じます!」
元帥閣下の顔が曇る。
「……気に食わんか?」
「いえ、小官は亜種族でございますれば……」
……私は回避するので精いっぱい。
しかし、元帥のご機嫌も取らねば……。
「そうか、殊勝な心がけだな。こんど人に生まれ変わったら孫をくれてやるわ! わっはっは!」
「はっ!」
ややこしい話を断るのに成功し、元帥の執務室を出る。
元帥のご機嫌がなおって、とりあえず一安心である。
政略結婚……、というか政略結婚してもいい相手と見られたということか。
出世した自分を色々な意味で噛みしめた。
☆★☆★☆
「そこへ座ってくれ!」
「はっ!」
お次は、帝国内政TOPの実力者アーベライン伯爵のお屋敷だ。
老獪な伯爵として知られるお人だ。
こちらはコーヒーがでた。
砂糖は多め、ミルクは沢山を頼む。
「先日、帝国の穀倉地域である星系で超新星爆発があってな。……強力な電磁嵐の影響で帝都に食料が届かんのだよ」
「……はぁ」
伯爵は手を前に組み、話を続ける。
「……でな、その危険宙域での輸送を君に頼みたいのだ」
「かしこまりました!」
「うんうん、頼んだよ!」
アーベライン伯爵はニコニコ顔だった。
単純な輸送任務ではあるが、一旦危険宙域となって治安が悪化すると、宇宙海賊などが出没するのだ。
それを見越しての御指名だった。
アーベライン伯爵は軍部にツテがない。
私は巨人族で軍部の異端者扱いなので、頼みやすかったのかもしれない。
しかし、この老人は曲者なんだよなぁ……。
憎めないんだけど、苦手であった。
☆★☆★☆
「提督! 出発準備がととのいましたわ!」
「了解!」
ハンニバルは大型輸送船40隻を引き連れ、指示された星系に向かう。
何度かの長距離跳躍ののち、該当星系に到着した。
「明るい星ポコね!」
「まぶしいニャ!」
星の終焉である超新生爆発は、最後の息吹とばかりにまばゆい光を放っていた。
――穀倉地帯の集積所。
小惑星基地ガンマ-266にて食料と物資を輸送船に積み込む。
「ヴェロヴェマ中将ですかな?」
「はい、失礼ですがどちら様で?」
集積所で身なりの良い方に話しかけられる。
「私はこういうものです……」
「これは失礼しました!」
皇帝陛下の侍従だった。
「アーベライン伯爵から聞いておりますかな?」
「な、なにをでしょうか?」
「皇帝陛下の護衛任務の件ですよ!」
ぇ? なにそれ!?
……あの、アーベラインの爺い。たばかったな……。
侍従殿の話によると、女帝パウリーネが大きくなると、その後見役であるクレーメンス伯爵元帥は、女帝が疎ましく感じるようになったらしい。
……昨今は、新たにパウリーネの弟を皇帝にしたい思惑の様である。
そして、この星系に巡幸にきていた女帝を、超新星爆発のどさくさに紛れて暗殺しようとする計画が疑われるらしい。
よって、帝都まで信頼できる武官に護衛して欲しいとのことだった。
……ぇ?
信頼できる??
私が!?
ホンマかいな。
「伯爵の話によれば、間違いなき名将と聞いておりますぞ! ヴェロヴェマ殿!」
「いやいや……、いくらかは過大評価かと……」
こそばゆい話だったが、まさか『出来ません!』等とも言えない。
仕方なく、護衛の件は受諾した。
……そのあと、皇帝陛下にお目にかかる。
「ヴェロヴェマ! 朕はそなたを頼りにしておるぞ!」
「有難き幸せ! 安んじてお任せください!」
私は皇帝陛下に跪く。
彼女はもうあどけない稚児ではなかった。
凛とした意志の強そうな少女といった感じだった。
……クレーメンス公爵元帥が、彼女を排除したくなる気持ちも分からないでもなかった。