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第2話  なみのりふねの おとのよきかな


 島田は夢を見た。


 見た事もない、庭……だった。庭を行くと、賑やかしい気合いの声が聞こえてくる。


「きぇぇぇっ!」と声を上げながら、道場の床を踏む音がして、ぱあんッ! と竹刀が打ち付ける小気味の良い音が響き渡る。どさっという音がしたところを見ると、床に無様に転がったのだろう。


「まだまだァっッ!」と声がした時、島田は(え?)と思った。懐かしい声だった。思わず道場に駆け寄ると、胴着を着た土方が、稽古を付けている真っ最中だった。上段では、近藤と芹沢が稽古を見ている。沖田、新見、山南は、土方の猛特訓を見て、微苦笑しているところだった。


(ここは、一体、なんなのだ……?)と思うが、場所に見覚えはない。八木邸、前川邸でもない。西本願寺でもない。不動堂村でもない。


「むっ! そこにいるのは、島田君かっ! そんな格好で、何をしている。早く着替えて道場に来いっ!」


 土方に怒鳴られて、島田は自分の体を見た。老人の体ではなく、青年の体だ。着流しを着ている。


「土方副長、島田君は、今まで、任務で外に出ていたのですよ」と呆れた声で山崎が言う。


「任務? そうか、それなら、道場には来なくても良いぞ。あとで、報告を聞こう」


 なにがなんだか解らない島田は、取り合えず、隊士達十数名で使っている部屋に向かった。不思議な事に、何も解らないというのに、部屋の場所も自分の葛籠も解った。着替えをしているところに、胴着を外した姿の土方が顕れた。稽古の途中だったから、汗だくだった。


「島田君。随分のんびりしていたね」と土方は言う。よく解らないが「申し訳ありません」と島田は謝っておいた。土方は、小さく吹き出すと「いや、良いんだ。良くやってくれた。島田君の働きに感謝しているよ」と土方は笑う。


「ともかく、はやく、おいで。みんな、待っているよ」


 急いで支度をすると、島田は土方の後ろ姿が遠ざかる前に、大急ぎで走っていった。


 道場には、みんな居た。


 芹沢、近藤、新見、山南、土方、伊東、沖田、斉藤、原田、平間………。とにかく、みんな居た。なぜ、みんな居るのだろうかと思った。みんなは、笑っていた。道場で汗を流して、あちこちで、会話をして酒を酌み交わしているうちに、口論になって、手が出る。足が出る。それを笑ってみている。仲裁する。


 みんな笑顔だ。


(ああ)と島田は思った。(これが、土方さんの居場所だったんだ……)


 島田も笑った。君菊が、「大福、お持ちしましたえ」と山のような大福を持ってきた。隊士達がこぞって手を伸ばす。そこから、なんとか三つ確保して、土方と君菊と島田の三人で、大福を頬張った。


「島田君ものんびりしていたけれど、永倉君ものんびりしているねぇ。まだ来ないか。………それとも、まだ、袂を分かったなんて事をいうつもりだろうか」と土方が言う。そこを通りかかった芹沢が、


「なんてことはない。俺たちが急ぎすぎたのさ」と言って、大福を頬張る。


「違いないな」と近藤も、同意して、笑った。


 不思議な気持ちだった。芹沢も、近藤も、土方も……みんな、みんな、穏やかな顔をしていた。幸せそうな顔だと思った。


「芹沢先生ー、近藤先生ー」と呼ぶ声が遠くから聞こえた。その声に呼ばれた二人は、「おう、今行くぞ」と応じて、土方と島田の前を去っていった。その、後ろ姿を見守りながら、


「……島田君」と土方が声を掛けた。「夜は明けたかな」


 何の事か解らなかったから、島田は答えられなかった。


「船は………どうなっただろうか」と重ねて問いかける土方に、くすくすと君菊が笑った。


「もう、どちらでもええやないですの。………悪い夢を見たら、すぐに流してしまえばよろしい。良い夢だけみてはったらええんどす」


 君菊の言葉に、一瞬、面食らった土方だが、「それもそうだな」と呟いてから、微笑した。


「……永き夜の 遠の睡りの 皆目醒め……」






 目覚めたは、別の世界。






(永き夜の遠の睡りの皆目醒め・終)

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