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第3話

「今回は勝利したが、次は解らない。敵は、大量の兵と弾丸を投入してくるだろう。死力を尽くして戦わねばならず、また、私も、死ぬつもりでこれに当たる覚悟だ。ついては」と土方は、愛用の刀二振と、小さな包みを渡した。「これを、市村君に届けて欲しいのだ」


「これ……は?」と市村は首を傾げた。


「これは、私の愛刀の、和泉守兼定。それと、文と写真。髪の一房などだ。これを、私の郷里の日野、佐藤彦五郎殿の所まで届けて欲しい」


 市村の顔色が変わった。「ひ、土方奉行っ! 私は、土方奉行のお側で、果てたいと思っている所存です! どうか、お側にッ!」と悲鳴にも近い声で叫んだ市村に、土方は、淡々と告げた。「もはやこれまでと覚悟を決めた上には、今まで世話になった佐藤彦五郎殿に、末期の挨拶をするのは当然のことだ。お前は、私に、大恩有る恩人に礼状の一つも寄越さなかった恩知らずの汚名を着せたいのか」


 市村の瞳が潤った。土方に縋り付くように、近くに寄った。「私は……、新撰組隊士です。死など、もとより覚悟の上です」


「なれば、死ぬ覚悟で届けに行け。……これは、容易ではないだ」と土方は冷たく告げる。たしかに、土方の言うとおりではあった。函館から、本州に向かうには、津軽海峡を越えなければならない。いま、ここを越える為には、敵の目をかいくぐる必要がある。その先、津軽から武蔵野までは、気が遠くなるほど長い距離だ。運良く、行きの船に乗れたとしても、途中や東京の港に着いた時に、素性が暴かれる可能性もある。そうなった時に、『新撰組副長付小姓』の立場で、なおかつ幕臣にお取り立てになっている、市村である。捕縛され、尋問されることは間違いないだろう。


 そこから、佐藤彦五郎の所に向かったとしても、おそらく、日野宿の佐藤彦五郎は、土方の縁戚と言うことで、明治新政府軍から目を付けられている。ここに、文や品物を届けるというのは、容易なことではないのだ。


「土方奉行」と市村は納得が出来ないという顔で聞いた。「任務と仰有いました。奉行の、この品々を届けることが、何の任務でしょうか」


 ギッと市村は土方を睨み付けた。(いい目だな)と土方は思った。よりいっそう、こんな所で死なせてはならないと思った。


「佐藤彦五郎殿に宛てた文だ。それを届けて欲しい。……その他のものは、なに、戦死した上司の遺品を届けに郷里に向かうとでもいえば、すんなり許してくれるものもいるかと思ってな。路銀が足りなければ、刀などは売り払っても構わん。何としてでも、何年時間が掛かろうとも、佐藤彦五郎殿に渡して貰いたい。佐藤彦五郎殿に、頼み事をしてあるのだ。………佐藤彦五郎殿は、新撰組には、今までも甚大な協力を頂いている。礼状でもあるが、さらなる厄介事も押しつけてある」


 土方の言葉を、信じ切れていないような顔をしている市村だったが、命令された以上は、仕方がない。「では、市村鉄之助、土方奉行のご命令で、武州に向かいます」と一礼した。


 頭を下げた市村鉄之助に、「うむ、必ずや頼んだぞ」と、鷹揚に土方は言った。だが、市村鉄之助は頭を上げずに、暫く、そうしていた。


「市村君? どうした?」と声を掛けると、市村は、絞り出すような涙声で、


「土方奉行ッ! 私は、ご命令により、武州に向かいます。土方奉行におかれましては、私が帰還し、佐藤彦五郎殿に、ご依頼した件につきまして、必ずや、土方奉行のお心に添えるように致します。それまでの間、しばしの間お待ち頂きますよう、お願い申し上げます!」と叫んだ。床に、涙が落ちていた。はたはたと、音を立てて、涙が落ちた。


 待っていてくれ、と市村鉄之助の懇願だった。自分を逃がすのだから、土方も生きていてくれと、そう、言っているのだ。土方は、目頭が熱くなるのを必死で堪えながら、市村に告げた。


「当たり前だ。最後の奇策を、佐藤彦五郎殿に預けたのだ。成果がなければ、お前一人を、武州までやる意味がない」


「ハッ!」と市村鉄之助は短く受けて、顔を袖でごしごしと拭った。顔を上げた市村鉄之助と、土方の視線がかち合った。ともに、これが、今生最後だと、知った。知ったが、茶番で別れを決めたのだ。これ以上、名残を惜しむことも出来なかった。大垣の出身だというから、島田とは同郷になるのだろう。そこから、北の果て、蝦夷地まで。良く、ついてきてくれた。死にたいという気持ちも、最後まで見届けたいという気持ちもわかったが、良く、土方の申し出を受けてくれた。若い、市村鉄之助を、生かしておきたいというのは、土方の、個人的な感傷だ。それを、受け入れてくれたことを、感謝したかった。それすら、伝えられなかった。


「未明に出ます」


 市村鉄之助は、未練が残らぬうちに、出立することを決めたようだった。


「頼んだ」と短く受けてから、土方も頭を下げた。やはり、土方も、暫く頭を上げることは出来なかった。


 土方の読みは、当たっていた。市村を行かせてから、七日後には、二股で二回目の戦闘になった。善戦はしたが、敵の数は千人を超えてきた。次々と、兵が送られてくる。戦場では、皆、逃げ惑っていた。やはり、ここでも、『退けば斬る!』と言うことになった。退いても死ぬならば、前進して活路を開くしかない。だが、敵の壁はあまりにも厚い。打ち破れる気になどとてもならなかった。


 土方は、自ら樽酒を持って、兵士達をねぎらい、士気は幾らか持ち直したが、気合いだけで何とかなるものではない。それでも、一度は明治新政府軍を退けたが、明治新政府軍の圧倒的な物量に、疲弊した土方軍が勝てるはずもなく、ついには撤退を決め、五月一日には函館へと帰着した。


 函館に帰還した時、土方は、最初の松前城を落とした時の凱旋を思い出した。各国軍が、空砲で祝福し、馬とラッパが行軍する。あの日こそ、函館新政府の誕生の日だった。あれから、まだ、半年と経っていない。


 だが、今の土方たちは、敗戦での帰還だ。自軍は、ぼろぼろだった。函館五稜郭に集う者達は、籠城戦を覚悟していた。フランス人を初め、函館駐留の在外人も次々と函館を脱出した。もはや、函館新政府に勝機はないと判断されたのだった。


 五月十日になって、函館新政府軍幹部達は、函館の妓楼・武蔵野楼に集まった。明日、明治新政府軍が、総攻撃を仕掛けるという通達が入ったのだった。通達をしたということは、明治新政府軍は、降伏を呼びかけたと言うことだ。


 だが、結局、函館新政府は戦うことを決めた。武蔵野楼に集まったのは、別れの盃を交わす為だった。土方も参加していた。仙台のあの夜から、土方は酒からも女からも遠ざかっていたが、奇妙な縁で集まって、国作りを志した仲間達との、別れの盃である。明日の戦闘に響かぬように、少しだけ呑んだらしかった。


 元々弱いところに久しぶりにやった酒なもので、土方は、したたかに酔った。島田に支えられて部屋に運ばれた土方は、良い気分になったのか、調子外れの歌を歌う。


「いざさらばァ 我も波間に漕ぎ出でてェ あめりか船を うちや払わん……ああ、違うな島田君。あめりかの船はいかん。打ち払うのは、薩摩か長州か」

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