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第3話


 朝に天子様に上奏文を奉ったが、夕方には八千里も離れた潮州に左遷されることになった。天子様の為に、弊害を取り除こうとしたのだが。私は、この衰えた身を惜しむつもりは無い。雲は秦嶺を横たわり、我が家が何処にあるのか、雪は藍関を覆い尽くして馬が進むことはない。私は、知っている。汝がはるばる来てくれたということは、覚悟があるということを。ああ、それならば、君は私の骨を、瘴気が漂う川のほとりに拾ってくれ。




(これが、近藤さんの心だとすると……)と土方は思った。(死んでいくことに、後悔は無い……ということか)


 しかし、解らないのが、『私は、知っている。汝がはるばる来てくれたということは、覚悟があるということを。』という部分だ。土方は―――あれ以来、流山には寄りついていないし、板橋宿にも行ったことはない。


しかし、『我が骨を……』と言うのならば、この髪は、おそらく近藤のものだ。


 土方は、思わず、髪を握りしめて胸に押し抱いた。涙が出そうになるのを、必死で堪えた。おそらく、最後の最後まで、救出を信じていたのだろうと思うと、心苦しくなった。そして、遺品として、近藤は髪を送ってくれたのだろうと思った。


(ああ、すまない、すまない、近藤さん)


 出来心だった。喪ったと思った居場所を、手に入れられるかも知れないと思った。人が集まった。何かと対立する永倉達が抜けていた。あとは、その対立の大本である、近藤が居なくなれば……今度こそ、新撰組は規律正しい集団になれるような気がした。ずっと、居場所が欲しいだけだった。石田村の実家にも居場所はない。日野にもない。試衛館道場にも、新撰組にも無かった。ただ、それだけだったのに、と土方は、鼻の奥が痛くなったが、必死で、堪えた。


 横倉喜三次は、実に、淡々と文章を綴っていた。


 最初に謝辞から始まっていた。近藤の首を落とした者からの文など不愉快だろうが、受け取って欲しいという趣旨で始まっていた。斬首執行前夜の近藤は、沐浴潔斎を済ませ、髪を結い直した後、特別の赦しがあり、辞世を認めた。辞世は、二首だった。




「孤軍援絶作囚俘 顧念君恩涙更流


 一片丹衷能殉節 雎陽千古是吾儔」


「靡他今日復何言 取義捨生吾所尊


 快受電光三尺劔 只將一死報君恩」




 近藤は、東山道総督府の大軍監香山敬三から寝返りを要請されていたと、横倉喜三次は書いていた。だが、近藤の心は、こうだった。


『他に靡き今日た何をか言わん 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所 快く受けん電光三尺の剣 只、まさに一死をもって君恩に報いん』


 二首目の辞世は、近藤から香川に宛てたものだろう。一首目は、こうだ。


『孤軍 たすけ絶えて俘囚となる 顧みて君恩を思へば涙 更に流る 一片の丹衷たんちゆう く節に殉ず 雎陽しんようは千古是れ吾がともがら


 これは、近藤を知るすべての者に対する辞世だろう。


(孤軍、たすけ絶えて……か)


 最期まで、土方を信じてたすけが来ることを、信じていたのだろう、と土方は思った。だというのに、裏切った土方に近藤は、髪を送ったのだ。最後まで、信じていたというのが、土方には辛かった。いっそ、信じなければ、京に行った時のように、土方を疑ってくれれば、それで良かった。土方を信じたからこそ、近藤は、東山道軍への寝返りをしなかったのだろうと土方は思う。


 辞世を認めた後、髪を結い直すと言う時になって、一房切り取ったという。懐紙を紙縒りにして髪を結って、もう一枚取りだした懐紙に、漢文を書いた。それを、土方に渡して欲しいと願ったという。その夜、近藤は、一睡もせずに闇に向かって、語りかけていたと、横倉喜三次は言った。しきりに、『トシさん』と呼びかけていたので、横倉喜三次は、こうして文を書いた、と言うことだった。出来る限り、内容を記しておこうと思ったと言うことだった。




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