統一歴569年11月下旬――。
雪がちらつく中、我々はチャド公爵家が補給拠点としているワット城を目指した。
ワット城は街を囲むタイプの城ではなく、街の郊外の海辺に建てられていた。
堀はないが、代わりに城の周囲が湿地帯で背後には海があり、荷揚げ用の港が整備されていたのであった。
これを攻略すれば、チャド公爵軍はオーウェン地方への侵攻の足がかりがなくなる。
反対にこれを攻略すれば、我が方が西への進出を助けるものになるのであった。
私はとりあえず、海側の港を無力化すべく、リルバーン家の海軍に加勢を要請。
まず、軍船5隻で海上封鎖を先に行ったのである。
何故なら、海運は速やかに大量に物資や兵員が運べ、戦局を一転できるものだったからだ。
また、今もワット城には三千もの兵士が詰めているとの情報があり、攻略難度はかなりのものになっていたのであった。
◇◇◇◇◇
私が総司令を務める陣営。
そこにはケードの指揮官たちが集まっていた。
「宰相閣下、これから如何様になさいますか?」
「とりあえずワット城を獲るほかなかろう。そのために各所の小さな砦を落としていく。追撃はせずに、多くの者をワット城に逃げ込ませるのだ」
「兵糧攻めですか?」
「左様、イシュタール小麦でなくともいい、生活に不可欠な物資を欠乏させ、開城に至らせるのだ」
「はっ」
私の方針に一同は納得してくれた。
城攻めには基本的に三倍の兵力があって互角とされる。
相手がたは三千でこちらは五千。
野戦でもなければ、突破力を誇る竜騎士の優位性もない。
なんとか策を弄して攻略するほかなかったのである。
◇◇◇◇◇
逃げまどう村人。
悲鳴を上げる家畜たち。
「火を掛けろ!」
「食料を略奪しろ!」
我が軍は砦を落とすだけでなく、近隣の集落を襲撃した。
目的はワット城に多数の人々を逃げ込ませること。
また、ソーク地方は放牧が盛んなこともあり、貴重な食料である家畜を次々に略奪していったのだった。
我が軍は、周囲の村々を攻撃しつつ、民衆に逃げる時間を与えながら、ゆっくりと確実にワット城の包囲網を縮めていったのであった。
そうして二十日もたった頃には、ワット城には難民で溢れ、足の踏み場もない状態になったのであった。
◇◇◇◇◇
その日の夜――。
虫が燭台の炎に焼かれて落ちていく。
ワット城内の領主の館には、城主のエイリス子爵のほか、多数の貴族たちが集まっていた。
「難民の受け入れを辞めてはどうだ? このままでは戦どころではなくなるぞ!」
「馬鹿か! 流民ならまだしも、助けを求めているのは我らの領民だぞ。保護しなくていかに戦後の統治がまかりとおろうや!」
「だが、戦に負けては我らが流浪の民になりかねぬ。なんとかせねば……」
エイリス子爵以下、諸将は重い空気の中で黙考していた。
幸いなことにチャド公爵家の補給地点であったために、食料は十二分にあった。
多少、難民が増えようとも、それを補うだけの物資が、この城には積み上げられていたのであった。
「やはり民を見捨てては、領主足りえぬ! 明日からも難民を受け入れるぞ!」
「はっ!」
会議は城主であるエイリス子爵の決断で幕を閉じた。
これからいくら避難民が来ようとも、城門は閉じないことに決まったのであった。
◇◇◇◇◇
オーウェン王国軍。
宰相ライスター子爵の幕舎。
そこには諸将が集まり軍議を催していた。
「敵の食料は十二分にあるらしいぞ!」
「このままでは落ちぬのではないか?」
「たしかに来年まで囲めば落ちるやもしれぬが、それでは敵の援軍が来るやもしれぬ」
正直私は困っていた。
ワット城には予想以上の食糧が蓄えられていたのだ。
「……まぁ、しばらく待てば好転もあるやもしれぬ。皆準備をして、その日を待とうぞ!」
私は心にもないことを言って軍議を閉じた。
指揮官にあって、好転を待つなどといういい加減なことを口にしてはならない。
できるだけ勝ちに近づける努力をしなくては……。
そう思っていると、偵察に出したエクレアが帰ってきた。
「水の手はどうであった?」
食料がだめなら水の手。
どんな勇者も喉の渇きには耐えられないからだ。
「はっ、厳重に警戒された貯水甕が多数ありまする。次の降雪の日まで十分に持つかと……」
「……そうか」
もはや12月も間近で雪のちらつく日も多い。
ワット城には、小さな井戸も整備されているので、水の手は通用しそうになかったのだ。
「ほかには何かないか?」
「あまり役に立ち情報ではありませぬが、城内には赤ん坊も多数おり、その人口密度はすさまじいものになっております。防衛側も精神的にそれほど楽ではないかと……」
「ふむ」
精神力も戦においては重要なファクターだ。
敵に囲まれている時は外に出られない。
遊び盛りの子供たちにとって、それはかなりのストレスになるかもしれない。
だが、子供たちのストレスで落ちた城など聞いたことがないのだ。
……何か、決定的なものを探さねば。
敵の援軍が来るまでに落とさねば……。
私は焦る気持ちを抑えるに大変であった。
それから十日後。
暦はすでに12月。
寒さと降雪ゆえに、我が方の兵士たちの士気も下がってきて、えん戦気分になった時分。
「敵兵が一人でこちらに来ております」
「……うん?」
遠眼鏡でその兵士を見ると、なんと降伏の意である白旗を掲げていたのであった。