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第149話……ソーク地方東部の野戦

 統一歴569年11月上旬――。


 王都シャンプールの城門前に、ケード連盟の精鋭が煌びやかな旗を靡かせ整列していた。

 その数は農閑期もあり五千名にも及んだ。

 勇壮な顔ぶれの前に、王国の諸将は噂話をしていた。


「宰相殿は、これらの猛者を統率できるのか?」

「あはは、きっと馬鹿にされるであろうよ」


 王国の宰相はライスター子爵。

 歴戦の勇士ではあったが、比較的に体の線は細く、猛者というには程遠かったのだ。


 シャンプールの城門が開き、王国の宰相が閲兵に臨む。

 そこには、王国の諸将が望む状況にはまるでならなかった。


「整列!」

「ケード連盟宰相閣下に敬礼!」


 ケードの猛者たちが、一斉にライスター子爵に敬礼。

 部隊長のアイアースは片膝をついて、子爵に深々と礼を行ったのであった。


「まさか、噂はまことであったか?」

「これは我らも身の振り方を考えた方がよさそうだぞ!」


 諸将が噂に聞いたこととは、ライスター子爵がケードの地で功績をあげ、ケードの宰相に就任したとの噂であった。


 だが、よそ者をそれほど厚遇するはずはない。

 ただの噂話であろう。

 それが王国の貴族たちの常識であり、それらは見事に打ち砕かれたのであった。


 ライスター子爵はケードの精兵のみを束ね、西方へと進軍。

 チャド公爵の支配地となって新しいソーク地方へと足を踏み入れたのであった。




◇◇◇◇◇


 空からぽつりぽつりと雪が舞う。

 それは11月にしては早い冬の訪れであった。


「整列!」

「各隊、幕舎を設営の上、食をとれ!」


 私は女王の命令を受けソークの地の南東に陣を張っていた。

 ケードの精兵たちはキビキビと動き、その練度の高さに私は将として満足であった。


 ここより北に三日の距離に、オルコック率いる王国軍の本隊が、チャド公爵の主力と睨みあいを続けていた。

 そのため、こちらに展開する敵の戦力は多くないと予想されたのだった。



 だが、翌朝。

 我らの目の前に現れたのは1万もの敵部隊であった。


 こちらは五千ではあったが、竜騎士や騎馬を主力とした機動部隊であった。

 さらに言えば、兵数を抑えたことにより、輜重部隊の負担は軽く、水さえ手に入れば比較的広い範囲を活動できる見込みであった。


「宰相様、どうなさいますか?」


 この機動部隊の副将であるアイアースが問うてくる。


「撃滅あるのみ! 諸将に激を飛ばせ!」


「はっ!」


 敵はこちらの方が少ないとみて、こちらがすぐに攻撃してくるとは思わなかったのだろう。

 私は、左翼に騎乗騎士を、右翼に竜騎士を配置。

 一気に包囲殲滅せんと、突撃命令を発した。


「掛かれ!」


 号令一下、ケードの強兵たちが竜騎士たちを先頭に、歩兵を中心としたチャド公爵軍に襲い掛かる。

 チャド公爵軍は比較的練度は高かったが、昨日まで魔物の精鋭と戦ってきたケード軍とは相手にならなかった。


 私の指揮のもと、ケードの騎兵と竜騎士は土煙を上げて敵前衛を突破。

 さらに、その卓越した機動力を駆使し、敵の背後へ背後へと回り込んでいく。

 敵の戦列が崩れた時を見計らって、私は中央に展開していた歩兵部隊に突撃を命令した。


「逃がすな!」


 我ながら、幾多の戦場を駆け回ってきただけあって、突撃の好機を見分けることに長けてきたと実感する。

 さらに言えば、敵軍の備えの弱いところが、遠くでも見分けられるようになっていたのだ。


 私のような凡人は、戦の天才にはなれない。

 だが、経験を積んで、戦の秀才にはなれるのではないかと思うようになっていたのであった。


 特に野戦は経験が生かされる。

 刻々と変わる戦況。

 最近それに目と頭がついてくるようになったと感じられるのである。



「持ち運べない物資は焼き払え!」


「はっ!」


 私は一万もの敵軍を打ち破った後。

 敵軍の放棄した物資を略奪した。

 なにしろ王国軍は財政難で、近隣に出兵するための物資さえ欠乏している状況にあったのだ。


「深追いはするなよ!」


「かしこまりました」


 私は追撃を行わず、素早く兵をまとめて北上。

 オルコック率いる王軍が対峙しているチャド公爵軍の後背を目指したのであった。




◇◇◇◇◇


 二日後の早朝。

 まだ冷たい朝靄が大地を覆う頃。


 我らは歩兵部隊を分離後、高速部隊を再編。

 駆けにかけて、敵の主力部隊の後背にたどり着いていたのであった。

 明らかに敵軍の伝令より早く戦場に到達することができたのであった。


「全軍、掛かれ!」


 いきなり背後から出現した我らに、敵軍は大混乱。

 早朝の食事時であったのもあり、奇襲効果は抜群であった。


「火をかけろ!」

「立ち止まるな!」


 奇襲といっても、我が方は歩兵を伴わないためにその数二千。

 敵は二万五千を数えるため、炎と機動力で敵をかく乱し続ける必要があったのだ。

 私もコメットを駆り、大いに剣をふるう。


「これぞ好機! 全軍掛かれ!」


 我らの奇襲を確認したオルコックの部隊一万も、敵正面から一気に強襲。

 挟み撃ちを受けた敵兵は、指揮官や武器を捨てて逃げに掛ったのであった。


「逃げるな! 戦え!」


 戦場に踏みとどまる敵指揮官たち。

 だが、その存在は我が方にとって絶好の標的であった。


「雑兵にかまうな! 指揮官を狙え!」


 概ね指揮官クラスは貴族階級である。

 そのため得られる身代金は多く、また討ち取っても敵に与えるダメージは大きかったのだ。



 開戦から二時間後。

 チャド公爵軍の主力の陣地は激しい炎に包まれ、灰燼に帰した。

 そのため得らえる物資は少なかったが、大勝利には違いなかったのであった。


 この二つの戦いで、チャド公爵軍の死傷者は六千を数えて一時的に壊滅。

 貴族階級の捕虜も五十名を超えたのであった。

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