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第147話……禅譲。

 シャンプール城の第三区画。

 それは美しい白亜の王宮全体を、高度に要塞化したものだった。

 王城は複数の高い塔を備え、周囲には高い塀や深く掘られた水堀が施されていた。


 さらにはトゲゾー師が率いる王宮魔法使いたちが奮闘。

 そのため、難攻不落の様相を呈していたのであった。


「掛かれ! あと少しで落ちるぞ!」


 攻略責任者であるモルトケは、兵士たちの士気を上げるべく前線で指揮を執っていた。

 そのため、一本の矢が彼の右肩を貫通し、負傷してしまったのだった。


「……むう」


 負傷者が増大している時に、攻城責任者のモルトケの負傷。

 戦意が高かった若手貴族たちも、さすがに意気消沈してしまったのだった。


「これ以上の被害は出すわけにはいかぬ。ライスター卿に指揮権を返上しよう」


 今回の反乱は昨日までの味方同士の戦いであり、決して好ましいものではない。

 幾らかの反対はあったものの、モルトケは指揮権を私に返上することを決断したのであった。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 私は諸将を自分の幕舎に集めた。


「皆の衆、反対意見はあると思うが、これ以上の戦いは無意味。交渉によってことを運ぶがよろしいかな?」


「……、わかりました」

「はい」


 この提案に若手貴族たちはいい顔をしない。

 交渉で落とした場合には、大体が降伏した側の領地は安堵される。

 そのために、勝った場合の攻撃側の旨味が少なくなるのだ。


 今回は昨日の味方同士の抗争であるために、少しでも条件が悪くなると、相手側に寝返られる可能性が高かった。


「心配するな。勝った場合は皆に十分な加増を約束する!」


「本当ですか!?」

「おお、流石はライスター卿ですな!」


 土地のご褒美を約束すればこの通り。

 なんとも現金なものだが、彼らに寝返られたら、交渉もクソもなくなるのである。



「……では、行ってくる」


「ご自身で、ですか?」


「ああ、信用されないと話にならぬからな」


 私は休戦旗である白旗を担ぎ、王城の門まで一人で向かった。

 当然ながら、城の包囲は遠巻きにさがり、無言の交渉の意を伝える。


「何しに参られた?」


 門の上から、王宮側の騎士が大声で尋ねる。


「交渉に参った。門を開けられい!」


 そう伝えると、水堀につり橋が降り、大きな門が開いたのであった。




◇◇◇◇◇


 煌びやかな鎧をまとった騎士が、城内で私を案内する。

 城内の備えは十分で、いまだに士気が高いことが伺えたのだった。


「ここでございます」


 騎士はとある部屋を案内、重々しく扉が開いた。


「お久しぶりですな。火傷の子爵殿!」


 部屋の中にいたのはオルコックであった。


「ご無沙汰しておりまする。籠城戦の指揮は将軍が執っておられるのですか?」


 私は仮面を取り、小さく頭を下げた。


「ああそうだ。私が責任者である……」


 彼はそう言って、私に座りごこちがよさそうな席を勧めた。

 席に着くと、メイドがとてもいい香りの紅茶を運んでくる。


「……で、話は何ですかな?」


「降伏していただきたい」


「条件は?」


「はい。クロック王からの禅譲を頂ければ、皆さまのご領地を安堵いたしまする」


 私はそう告げ、上質の羊皮紙でできた条件が書かれた誓詞を渡した。

 誓詞には、総司令官である私の署名が為されていた。


「ふむう。これならば争う理由もさほどないやもしれぬ。協議いたす故、今日のところは帰られよ」


「はい」


 こうして私は部屋を出て、同じように騎士に案内されて王城を出たのであった。



 翌日――。


 今度は王城側から使者が来て、細かい条件を煮詰めた。

 この外交作業には考えるところがあって、大公家もリルバーン家も加担させず、私の独断で行ったのであった。


「このような条件では、皆に分け与えるものがなくなりまするぞ!」


 後で条件を耳に挟んだモルトケが、文句を言いにやってきた。

 負傷しているのに、皆のために文句を言うのはいいことである。


「まぁ、将軍。ここは私に任せてくれ」


 彼は何かを言いたいようであったが、それ以上は言わずに帰っていった。

 私には彼の言いたいことがわかる。


 クロック側の貴族の領地を大きく削らねば、王家を禅譲してもらっても、政治がやりにくくなるのである。

 貴族の領地の大きさとは、いわば政治的な発言力に比例するものだったからである。


そんな心配を他所に、交渉は成立。

最後の第三区画は交渉にて開城したのであった。


◇◇◇◇◇


 開城から三日後――。

 クロック家から大公家へ王位の禅譲が行われた。

 式典は急いだものだったが、盛大に、そして厳かに行われた。


 私は式典に出席したのだが、あまりの上質な香の強さにたまらず退席。

 庶民出の気管支が悲鳴を上げたのであった。


 この式典でリル大公が王位に返り咲き、クロック王は大公家として遇されることになった。

 式典は豪華な晩餐で締めくくられ、多くの貴族たちがご機嫌で帰ったのであった。



 その翌日――。


 私は王宮側の貴族たちを集めた。

 処分を告げるためである。


 王宮側の貴族たちは本領安堵と聞いていたので、さほどの処分があるわけないと思っていたのだった。


「なんだと!?」

「そんな馬鹿な!! 話が違うぞ!」


 私が処分を言い渡すと、貴族たちは一様に怒号を響かせた。

 同時に、前もって控えさせていた腕利きの衛士たちが、私の合図で部屋の中に突入してきたのであった。


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