シャンプール城の第三区画。
それは美しい白亜の王宮全体を、高度に要塞化したものだった。
王城は複数の高い塔を備え、周囲には高い塀や深く掘られた水堀が施されていた。
さらにはトゲゾー師が率いる王宮魔法使いたちが奮闘。
そのため、難攻不落の様相を呈していたのであった。
「掛かれ! あと少しで落ちるぞ!」
攻略責任者であるモルトケは、兵士たちの士気を上げるべく前線で指揮を執っていた。
そのため、一本の矢が彼の右肩を貫通し、負傷してしまったのだった。
「……むう」
負傷者が増大している時に、攻城責任者のモルトケの負傷。
戦意が高かった若手貴族たちも、さすがに意気消沈してしまったのだった。
「これ以上の被害は出すわけにはいかぬ。ライスター卿に指揮権を返上しよう」
今回の反乱は昨日までの味方同士の戦いであり、決して好ましいものではない。
幾らかの反対はあったものの、モルトケは指揮権を私に返上することを決断したのであった。
◇◇◇◇◇
翌日――。
私は諸将を自分の幕舎に集めた。
「皆の衆、反対意見はあると思うが、これ以上の戦いは無意味。交渉によってことを運ぶがよろしいかな?」
「……、わかりました」
「はい」
この提案に若手貴族たちはいい顔をしない。
交渉で落とした場合には、大体が降伏した側の領地は安堵される。
そのために、勝った場合の攻撃側の旨味が少なくなるのだ。
今回は昨日の味方同士の抗争であるために、少しでも条件が悪くなると、相手側に寝返られる可能性が高かった。
「心配するな。勝った場合は皆に十分な加増を約束する!」
「本当ですか!?」
「おお、流石はライスター卿ですな!」
土地のご褒美を約束すればこの通り。
なんとも現金なものだが、彼らに寝返られたら、交渉もクソもなくなるのである。
「……では、行ってくる」
「ご自身で、ですか?」
「ああ、信用されないと話にならぬからな」
私は休戦旗である白旗を担ぎ、王城の門まで一人で向かった。
当然ながら、城の包囲は遠巻きにさがり、無言の交渉の意を伝える。
「何しに参られた?」
門の上から、王宮側の騎士が大声で尋ねる。
「交渉に参った。門を開けられい!」
そう伝えると、水堀につり橋が降り、大きな門が開いたのであった。
◇◇◇◇◇
煌びやかな鎧をまとった騎士が、城内で私を案内する。
城内の備えは十分で、いまだに士気が高いことが伺えたのだった。
「ここでございます」
騎士はとある部屋を案内、重々しく扉が開いた。
「お久しぶりですな。火傷の子爵殿!」
部屋の中にいたのはオルコックであった。
「ご無沙汰しておりまする。籠城戦の指揮は将軍が執っておられるのですか?」
私は仮面を取り、小さく頭を下げた。
「ああそうだ。私が責任者である……」
彼はそう言って、私に座りごこちがよさそうな席を勧めた。
席に着くと、メイドがとてもいい香りの紅茶を運んでくる。
「……で、話は何ですかな?」
「降伏していただきたい」
「条件は?」
「はい。クロック王からの禅譲を頂ければ、皆さまのご領地を安堵いたしまする」
私はそう告げ、上質の羊皮紙でできた条件が書かれた誓詞を渡した。
誓詞には、総司令官である私の署名が為されていた。
「ふむう。これならば争う理由もさほどないやもしれぬ。協議いたす故、今日のところは帰られよ」
「はい」
こうして私は部屋を出て、同じように騎士に案内されて王城を出たのであった。
翌日――。
今度は王城側から使者が来て、細かい条件を煮詰めた。
この外交作業には考えるところがあって、大公家もリルバーン家も加担させず、私の独断で行ったのであった。
「このような条件では、皆に分け与えるものがなくなりまするぞ!」
後で条件を耳に挟んだモルトケが、文句を言いにやってきた。
負傷しているのに、皆のために文句を言うのはいいことである。
「まぁ、将軍。ここは私に任せてくれ」
彼は何かを言いたいようであったが、それ以上は言わずに帰っていった。
私には彼の言いたいことがわかる。
クロック側の貴族の領地を大きく削らねば、王家を禅譲してもらっても、政治がやりにくくなるのである。
貴族の領地の大きさとは、いわば政治的な発言力に比例するものだったからである。
そんな心配を他所に、交渉は成立。
最後の第三区画は交渉にて開城したのであった。
◇◇◇◇◇
開城から三日後――。
クロック家から大公家へ王位の禅譲が行われた。
式典は急いだものだったが、盛大に、そして厳かに行われた。
私は式典に出席したのだが、あまりの上質な香の強さにたまらず退席。
庶民出の気管支が悲鳴を上げたのであった。
この式典でリル大公が王位に返り咲き、クロック王は大公家として遇されることになった。
式典は豪華な晩餐で締めくくられ、多くの貴族たちがご機嫌で帰ったのであった。
その翌日――。
私は王宮側の貴族たちを集めた。
処分を告げるためである。
王宮側の貴族たちは本領安堵と聞いていたので、さほどの処分があるわけないと思っていたのだった。
「なんだと!?」
「そんな馬鹿な!! 話が違うぞ!」
私が処分を言い渡すと、貴族たちは一様に怒号を響かせた。
同時に、前もって控えさせていた腕利きの衛士たちが、私の合図で部屋の中に突入してきたのであった。