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第145話……殿下の想い。

「この美しい白い肌、幾人の民の犠牲の上に成り立っている? 言ってみろ!?」


「……」


 ベテラン兵士は下卑た笑みを浮かべて恍惚感に浸っていた。

 それに対し、殿下は黙って苦悶の表情を浮かべている。


「お楽しみはそこまでにしてもらおうか?」


 私は急ぎ駆け寄り、ベテラン兵士に対し愛剣を構える。

 ベテラン兵士は私の声に驚き、殿下の体を突き放し、慌てて私に向かって剣を構えた。



「おいおい、あんたも俺の仲間にならないかい? この高貴な女の体を味見ができて、さらにたんまりご褒美も貰えるんだぜ」


 ベテラン兵士は片手で剣を構えながらも、こちらに敵意のないことを手振りで伝えてきた。


「それもいいかもしれぬ。だが私は独り占めが好きなんだ」


 私がそう軽口をたたくと、ベテラン兵士は剣を構えなおし殺気を帯びていく。

 ベテラン兵士は周囲が薄暗い中、素早く地面を蹴って突っ込んできた。

 私はベテラン兵士の剣を受けとめ、反撃に移った。


 幾度も甲高い剣戟の音が響く――。

 意外なほどベテラン兵士の剣技は秀逸。

 さらには型にとらわれない実践向きの戦い方を駆使してきた。



「……くっ」


「どうした? 立派なのは口だけか?」


 私はここまで強行軍で走り続けており、もとより息が上がっていた。

 そのため、私はベテラン兵士の剣技に徐々に押されていく。



 キン――。

 ひと際甲高い音とともに、私の手から剣が弾き飛ばされる。


「……ふふふ。勝ったな」


「それはどうかな?」


「……アホが、強がりを言いおって!」


 ベテラン兵士は一気に間合いを詰めて、私をめがけて剣を振り下ろした。


 ガッ――。

 その剣は鈍い音を立て、私の肩を捉えた。

 だが、若干服を破いただけで、剣の刃は私の皮膚を滑り、足元の地面に突き刺さった。


「なんだと!?」


 刹那、私は右手を彼の胸の肉にめり込ませ、彼の心臓に爪を深く突き立てた。

 彼は無言で力尽き、屍となって地面に倒れこんだ。



 私は全裸の状態で縄に縛られている殿下に駆け寄り、自分の上着を掛けた後に縄を解いた。


「大丈夫ですか?」


「その人間離れした業……。さてはライスター卿か?」


 殿下は気丈にふるまうが、小さくうずくまり、その体は震えている。

 きっと恐怖と寒さが、おり合わさった感じなのだろう。


「はい、左様にございまする」


「また危ないところを助けてもらったな。これで三度目であるかな?」


「覚えておりませぬ」


 私は剣を鞘にしまい、腰に携えている水筒を殿下に渡す。

 そして背中の背負い袋から、予備の衣服や毛布を取り出し、殿下に渡した後に後ろを向いた。


 殿下の着替えが終わり、私と殿下は焚火の近くに座る。

 私の服は殿下には大きく、いくらかブカブカの感じだった。


「似合っておるかな?」


「……さぁ、衣服のことは私にはわかりかねまする」


 私はそう正直に感想を述べ、背負い袋にあった干し肉を木の枝にさし、焚火の火であぶっていく。

 そして、幾らか温まった干し肉を殿下に手渡した。


「いろいろとすまんな」


「いえ」


 私も携帯している堅く乾燥した黒パンの欠片をかじった。


「ぽこ~♪」


 先ほどまで木陰に隠れていたポコリナが、餌を求めて近づいてくる。

 私は黒パンをちぎり、ポコリナに少し分けた。


 ……しばらく焚火の前で沈黙が続いた。

 私も殿下も思い出したように疲れがどっと出ていたのだ。



 殿下は思い出したように口を開く。


「……のう、シンカーよ。おぬしは何故いつも私を助けてくれる?」


「ええと、人に喜ばれるのが好きなので……、という理由ではいけませぬか?」


「よい、もう一つ聞く」


「はい」


「おぬしは何故戦い続けるのだ? もう富も名声も十分にあろう? 体を異形のものとしてまでも、なぜ戦い続けるのじゃ?」


 きっと殿下はこの鱗の皮膚を言っているのであろう。


「最初は富と名声が欲しかったのですが、正直、最近は何のために戦っているのかわかりませぬ。あえて言うならば周りが望んでいるからです」


「そうか。ひょっとして民草のために戦っているとでも言うと思ったのじゃが……」


 殿下は不思議そうなまなざしを私に向ける。


「どんな戦であれ、戦いに負けた方の民草は苦しみまする。きっと民草の為の戦などありませぬ」


「そうか。しかし余は、力でこの世界の全てを征服したいと思うのだ。一人の統治者しかおらねば、世界は戦など起こるまい……」


 殿下の言っていることは、約600年前の世界が一つの巨大な国であった時代に戻したいということなのだろう。

 あの頃は一人の皇帝と呼ばれる長が、世界の頂点に立っていたと聞く。


「厳しき道のりですな。オーウェンの王家が復興するだけでは満足できぬと仰せですか?」


「……ああ。余が自分の幸せだけ求めるならそれもよかろう。だが、余には自分の幸せよりもっと大切なものがある気がするのじゃ。余の覇業、そなたも手伝ってくれぬか?」


「仰せのままに」


 私は座ったまま、殿下に小さく頭を下げた。

 それを見習い、ポコリナも殿下に小さく頭を下げる。

 それを見て、ようやく殿下は小さく笑った。



「……だかな。余もたまには我儘を通したいのじゃ」


 殿下はそう言って私に体を寄せてきた。


「我儘とは?」


 私がそう問うと、殿下はいきなり私の口を自身の口でふさぐ。

 そして私の体を草が茂る地面に押し倒した。


「つまりこういうことじゃ……」


 殿下は私の上にのしかかり、顔を赤らめたのであった。

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