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第144話……夜襲

 統一歴569年9月――。


 宰相サワー率いる王宮側の軍勢は、大公家を旗頭とする反乱軍に敗れた。

 さらに反乱軍は退却する王宮軍を執拗に追撃し、甚大な被害を与えたのだった。


 これにより反乱軍は大勝したが、それをよしとしない貴族も存在した。

 その一人であるホール子爵は、戦場離脱後に体勢を立て直し、諜報活動により反乱軍の本営の位置を割り出したのだった。

 そして彼は、反乱軍の本営を夜襲するべく夜を待っていた。


「先行部隊が敵本営に放火を成功いたしました」


「うむ」


 ホール子爵は放火成功の報告を受け、200名の部下とともに緊張感を高めていった。


「皆の者、いくぞ! 雑兵たちには目もくれるな! 目指すはリル大公の身柄じゃ!」


「「おう!」」


 ホール子爵は馬を駆りながらに、反乱軍が寝入っているであろう集落に音もなく突撃した。

 集落はすでに火の手が回っており、炎に巻かれぬよう住人たちが逃げまどっている。


 今回、ホール子爵の部隊は皆、このあたりの村人ような恰好に偽装工作していた。

 それゆえ、敵の見張りにもバレにくく、敵に夜襲であると感づかれなかったのだ。


 ホール子爵の部隊は逃げまどう村人に紛れながらに、反乱軍の本営であろう場所を突き止めた。



「あの民家が怪しいぞ! 皆の者静かにかかれ!」


「はっ」


 ホール子爵の部隊は、隠していた剣を一斉に抜きはなち、集落では比較的大きな建物に突入したのであった。


「どなた様ですか?」


「どけ!」


 襲撃部隊は廊下で出あったメイドたちの口をふさぎ、騒がぬよう縄で縛っていった。

 そして、大きな部屋を確認、扉を蹴り破り中へ突入した。



「武器を捨てろ!」


「何者か!? 出会え!!」


 降伏を勧告するホール子爵の部隊に対し、反乱軍側の護衛兵が一斉に剣を抜く。


「大公様をお逃がせ給え!」


「逃がすな!」


 双方怒号が飛び交い、反乱側によって明かりが落とされた。

 明かりがないために双方の同士討ちが発生。

 これに加え、メイドや女官たちも逃げ纏い、部屋の中は修羅場と化していく。


 だが、ホール子爵側が明かりをつけたころには、大公リルの姿はなかった。

 部屋の絨毯は戦士たちの鮮血に染まり、真っ赤に染められていたのだった。



「まだ遠くに行ってないはず、急いで周囲を捜索しろ!」


「はっ!」


 ホール子爵が周辺の捜索を始めたころには、反乱軍の兵士たちが駆け付け、集落は激しい戦いとなっていった。




◇◇◇◇◇


「夜襲だ!」

「皆、逃げろ!」


「殿下! いずこにおわす!?」


 夜襲の報を聞いて、私はすぐに愛剣とともに殿下がいるはずの建物へとはせ参じた。

 だが、その頃には建物の中は敵兵に荒らされた後だった。


「……遅かったか!?」


 私は昨晩に護衛兵を起こさなかったのを悔やんだ。

 だが、ここに殿下がいないということは、敵にさらわれたか、どこかへと逃げたかのどちらかであった。


「どけい!」


 私は出会う敵兵を次々に斬り倒していく。

 敵が逃げずに交戦する意思があるということは、まだ殿下をさらうことには成功していないのだろう。

 私はその可能性を信じて、敵兵をなで斬りにしていったのであった。




◇◇◇◇◇


 味方の護衛部隊が駆け付け、敵兵を追い払った頃合いに、私は魔法のスクロールを展開。

 魔法獣であるポコリナを呼び出した。


「ポコ?」


「すまんが殿下のいる方向に案内してほしい!」


 ポコリナは人間の言葉はしゃべれないが、簡単な言葉なら理解することはできた。


 彼女はクンクンと鼻を鳴らし私を先導。

 険しいけもの道をたどり、うっそうと茂る林へと入っていったのだった。


「殿下! どこにおわす!」


 時折、大声を出しながら、深い茂みをかき分けて進む。

 私は殿下がどこにいるかはわからないが、ポコリナの鼻が嘘をつくわけはなかった。


 急いで茂みを抜けると、目の前に険しく細い川が現れた。

 ポコリナは川の上流へと進むので、私は腰まで冷たい川につかりながら、川上を目指したのであった。




◇◇◇◇◇


 どれほど川を遡上したのだろう。

 川幅はかなり狭くなり、むしろ岩場をよじ登っていく感じとなっていた。


 秋の風は、ずぶ濡れの私に厳しいはずだが、私は寒さを感じない。

 たぶん蘇生したときに生えていた細かい鱗のせいだろう。


 急斜面の滝をよじ登り終えたとき。

 進行方向に松明と思しき明かりが見えたのだった。


 私は急いで岩場を進み、明かりの見える場所へと進んだのであった。




◇◇◇◇◇


 大公リルはわずか二名の護衛を連れて逃亡していた。


「殿下! これを着てくだされ」


 護衛兵が大公リルに上着を被せる。


「すまないな」


「とんでもありません」


 大公リルは濡れた服を焚火で乾かし、温かい焚火に手をかざし休んでいたところだった。

 冷たい川に浸かりながらの逃亡だったので、全身が冷え切っていたのだ。


「……!?」


 そんな時。

 上着を貸してくれた兵士が、もう一人のベテラン兵士にいきなり斬りつけられたのだ。


「……おい、何をする!? 気でも狂ったのか?」


「気が狂っちゃいねえよ。俺はこの時を待っていたんだよ。殿下には王宮側から金貨千枚の報奨金がかけられているんだ。俺はもう歳だ。戦士として長くねぇ。稼げるときに稼いでおかなきゃなぁ……」


 そういうなり、手負いの兵士を一刀のもとにとどめを刺した。



「貴様! 裏切ったか!?」


 殿下は冷たい水でかじかんだ手で、剣を握ろうとするも力が入らない。


「裏切ったのは貴女がたでしょう? 反乱軍の頭目さん」


 そういうなり、ベテラン兵士は大公リルの持つ剣を弾き飛ばした。

 大公リルはそこそこの剣術の使い手であったが、寒さで体が動かないのだ。


「……くぅ、外道め!」


「なんとでも言ってください。殺しはしませんから。生け捕りなら約束の金貨は二倍なんでね……」


 ベテラン兵士は大公リルの両手を後ろ手でロープで縛りあげた。

 大公リルは上着を一枚は追っているだけで、その下は透き通るくらいの真っ白な肌だった。


「殺さなきゃいいんだよな。ちょっと楽しむくらい罰はあたるめぇ……」


「嫌! やめろ下衆!」


 ベテラン兵士はリル大公に馬乗りになり、彼女から乱暴に上着をはぎ取ったのであった。

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