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第143話……勝利の美酒

「動かぬ備えに早く動くよう伝えよ!」


「はっ!」


 サワー宮中伯は叫ぶように命令を伝令に伝える。


 だが、サワー宮中伯の思うようには王軍は動かなかった。

 そうこうするうちに、敵の右翼から竜騎士の群れがつっこんできた。


 彼らの乗るドラゴネットは馬よりも少し大きいだけの小型竜で空も飛べない。

 だが、その外皮を纏う鱗は固く、弓矢や下級魔法を軽々弾き飛ばすのだ。


 そんな奴らが土煙を上げて突っ込んでくるのだ。

 前線の歩兵たちが浮足立つのも仕方ないことであった。



「……ん!? 右翼の各隊は何をしておる?」


 王軍はもし一隊が敗走しても大丈夫なように、部隊を十二に分け、重厚な陣形を築いていた。

 だが、竜騎士隊の突撃を受けた左翼ではなく、ほぼ無傷の右翼の王軍が勝手に戦場を離脱するそぶりをしていたのだ。


「右翼のオルグレン子爵から報告! 敵の攻勢が強いため、戦場を離脱するとのことです!」


「なんだと!?」


 右翼に対する反乱軍の攻勢は大したことない。

 なのに、敵の攻撃に合わせたように退却するのは妙な動きであったのだ。


 ただこのような報告は、この後続けざまに入ってきた。

 それに合わせるように、王軍の各隊が戦場から撤退していく。


「味方は何をやっているのか? それでも誇り高き王軍か!!」


 王軍の中には戦場に踏みとどまる部隊もわずかにいたが、衆寡敵せず反乱軍に各個撃破されていった。



「宰相様、ここは危険です! 撤退のご準備を!」


「……うむむ」


 味方の謎の撤退に腹を立てるも、反乱軍はすぐそこに迫っている。

 サワー宮中伯は歯噛みしつつ、全部隊に撤退の命令をだしたのだった。


「退け! 退け!」

「撤退せよ!」


 撤退の命令を受けて、かろうじて戦場に踏みとどまっていた部隊も退却に移る。

 しかも、サワー宮中伯がしんがり部隊を組織しなかったので、撤退する王軍は反乱軍の追撃をまともに受けてしまった。


 反乱軍の騎兵の追撃に、歩兵たちはちりぢりになって逃げる。

 特に装備が重い重歩兵たちは、逃げ遅れて個々に騎兵の餌食となっていった。


 さらに、貴族の中には馬に乗れないものもいる。

 彼らは特別仕立ての馬車にて撤退。

 だが荷が重く、反乱軍の騎兵に追い付かれてしまう。



「命ばかりはお助け願いたい」


 追い付かれた貴族は、馬車より降りて命乞い。

 こうして捕まった捕虜は、後ろからくる部隊に預けられていった。


 追撃戦は執拗を極め、日が沈んでも行われた。

 これにより、逃げられぬと思い降伏や自決した王宮側の下級貴族たちも多数。

 やっとのことで、王都シャンプールに逃げ込んだ者たちはボロボロで、王軍の威厳は大きく失墜したのであった。




◇◇◇◇◇


 日没の二時間前――。


 私は追撃戦に加わらず本営にいた。

 大公家とリルバーン公爵家から推薦され、私は連合軍の総指揮官となっていたのだ。


 今回の戦は、瞬間移動を使い急ぎ敵を調略。

 完全に寝返るのではなく、こちらの攻撃に際して不戦とするだけの要求を行っていたのだった。


 調略した効果はてきめんで、敵部隊はほとんど戦わずに撤退。

 我々は労少なく勝利を手にしたのだった。



「ほとんどの者が追撃戦に参加しております。本営の守りも心配です。そろそろ引き上げの合図をだしませぬか?」


 そばに控えるアーデルハイトの進言に私は首を振った。


「味方の多くは金で雇った傭兵だ。彼らにとっては稼ぎを稼ぐ時間だ。邪魔するのも悪かろう」


 軍隊というものは隊を維持して戦闘している間には、普通はほとんど被害が出ない。

 大きな被害が出るのは決まって撤退戦の時だった。


 私は今回総指揮官を賜ったからには、敵に大打撃を与えねばと思っている。

 次の王権を確立させるためには、我々の武威を大きく知らしめるべきだろう。


 確かに古の英雄は、逃げ散る敵を放置したりしたと書物に記されているが、そんなものはきっと後の人の作り話だろう。

 そんなことをしていては、敵を壊滅できる機会は永遠に訪れないからだ。



 ……だが、二時間後に日没。

 アーデルハイトが再び進言してきた。


「夜間の戦は同士討ちを招きます。もうこの辺でよろしいのでは?」


 本当ならば夜明けまで敵を追撃したいが、にわか雇いの傭兵たちの同士討ちは怖い。


「わかった。撤退の合図をしてくれ」


 本営の後方から大きな魔法弾があがり、上空で赤い光を放って空を明るくした。

 それは、事前に決めた撤退の合図であった。


「アーデルハイト、あとを頼む。私は殿下に勝利を報告してくる」


「はっ!」


 私は敬礼する彼女に軽く一礼し、殿下が待つ幕舎に向かった。

 今回の連合軍の旗揚げは殿下の復権を掲げていた。

 そしてその旗頭である殿下は私に兵権を預け、後方の集落で野営していたのだった。




◇◇◇◇◇


 星が煌めく夜半。

 私はコメットから降り、殿下のもとへと参上した。

 わが軍は後方の集落の建物をいくらか借り入れ、殿下の臨時の在所にしていた。



「失礼します」


「よう戻った。勝利のこと大儀である。余は面会で忙しいので、詳しい報告は明日でよいか?」


「構いませぬ」


 我が方に鞍替えする貴族たちは多く、殿下はその応対に忙しい時間を過ごしていた。

 私は殿下の在所を出て、殿下の護衛の兵士たちがいる幕舎を覗いた。


 だが、幕舎の中の兵士たちは皆酒を飲み、ぐうぐう寝ていた。


 ……まぁ、肝心の戦は勝利したのだ。

 厳しくしかるのも違うであろう。

 私は兵士たちを起こさないことにした。



 その後――。


 私は来客用の幕舎に案内され、酒を飲んでごろりと寝転がった。

 だが、気持ちよくなったころ合いに、外から大声が聞こえた。


「火事だ! 逃げろ!」

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