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第142話……後宮の王。

 統一歴569年8月下旬――。


 リルバーン公爵家を旗頭にした大規模な反乱が勃発。

 その規模は過去最大級で、王宮側は戦々恐々とし、城内は大混乱となった。


「申し上げます! チャド公爵軍がソーク地方に侵入! 公爵自ら大軍を率いてボン峡谷を通過したとのこと!」


 宰相府で反乱対策会議を開いていたサワー宮中伯のもとに、次々に悲鳴にも似た報告が次々に届く。


「なんだと!? 南からはオーウェン大公の軍も反旗を翻したとのことじゃ。如何にしてこの危機を乗り切ればいいのじゃ?」


 老臣たちが動揺し、その不安感は若い貴族たちにも伝播していく。


「宰相殿! さすがにこの件は陛下に相談なさっては?」


「さようじゃ、いつまでもここで握りつぶすわけにもいかん。陛下にご報告すべきだ!」


 国事のほとんどを宰相府で決済していたサワー宮中伯だが、ここにきて王に知らせない訳にはいかなくなってしまった。


「……うむむ、そうじゃのう。では、陛下に相談してくる。皆に置かれてはここでお待ち願いたい」


「うむ」


 宰相であるサワー宮中伯は急いで宰相府を出、王の生活の間である後宮へと向かった。

 最近のクロック王は、ほとんどの国事を宰相にまかせ、後宮に入りびたりであったのだ。


「ここより先は宰相様でも入れませぬ!」


「馬鹿者! 一大事なのじゃ! どけ!」


 後宮の入り口は、艶やかな赤い鎧を着た女騎士が番をしていたが、サワー宮中伯は押しとおった。

 オーウェン家の時代から、王家の後宮は女官だけで千名を超える大所帯だった。

 宮中伯は美しい女官たちを押しのけ、廊下を駆けていき、王のいる部屋に入った。


「王様、サワーにございます。至急お目通りを!」


「入れ!」


「はっ」


 陽が高く昇っていたが、王は薄絹だけを纏った美女を二人侍らせ、まだ寝巻のままであった。

 そもそも普段からそうあるよう、宮中伯が仕向けていたのであるが……。


「宰相、どうした?」


「王様、大規模な反乱です。東西から反乱軍が押し迫っておりまする」


「なんと! 詳細を申せ!?」


 宮中伯は額に汗をにじませて詳しく報告。

 首を垂れて王の裁可を待った。



「ふむう、東西に王軍を分けては対処できぬか?」


「恐らくは……」


「仕方ない。どちらかと和議を結び、片方を徹底的に葬れ。方法は宰相に任せる!」


「ははーっ!」


 王は意外なことに現実的な判断をした。

 ここで王が鎧を求めれば士気も上がっただろうが、そこまでには至らなかった。


 そもそもそうなれば、王の威信が上がり、宰相が好き放題できなくなる恐れがある。

 サワー宮中伯にとって、クロック王とは良い傀儡でなくてはならないのだ。


 宮中伯はもと来た道を戻り、宰相府に急いで戻ったのであった。




◇◇◇◇◇


 オーウェン時代の質素な宰相府とは異なり、今では所狭しと赤い絨毯が敷かれ、金銀を贅沢にあしらった調度品が並ぶ。


 宰相府に集まった家臣たちに、サワー宮中伯は王の方針を告げた。


「なるほど! どちらか片方のみを相手にして、全力で戦うわけだな?」


「さすがは陛下じゃ、武略に通じておられる」


 クロック王家の直属の家臣たちは大いに頷く。

 だが、不安な面持ちなのは招集を受けた地方貴族たちであった。


 彼らは西を治める領主もいれば、東を治める領主もいる。

 自分達の領地の方角に王軍が来なければ、領地が反乱軍に蹂躙される恐れがあったのだ。


「……で、どちらに軍を出しますかな?」


 オルコック将軍が、居並ぶ家臣たちに静かに問うた。


「まずは東じゃ、西のチャド公爵には良い講和条約を餌に休戦しようぞ!」


「そうじゃ、東の反乱軍の方が王都シャンプールに近い。まずは東の叛徒どもを根絶やしにしようぞ!」


 軍議は東側に軍を出すことに決まった。

 だが、大公家と縁が深いオルコック将軍は罷免。

 反乱討伐軍はサワー宮中伯が自ら指揮を執ることになった。




◇◇◇◇◇


 統一歴569年9月――。

 反乱軍と討伐軍は王都シャンプールの東、徒歩で三日の距離にある広々とした草原にて対峙した。


 時期はイシュタール小麦の刈り入れ真っ最中であり、両軍に農業を主業にする傭兵たちの姿は少ない。

 そのため、双方の主力は専業の戦士たちが主で、兵力自体は少なめであった。


 だが、片方に戦力を集中した王軍は一万二千を集め、リルバーン家と大公家の戦力を主とする反乱軍はようやっと六千を集めたに過ぎなかった。



「重歩兵、前へ」


 双方、黒鉄の鎧をまとった重装備の歩兵が左右に薄く広がり、盾を構えて戦列を形成。

 そのすぐ後ろに、ロングボウを構えた弓兵が並んだ。


「打ち方はじめ!」


 双方から無数の矢が飛び交う。

 だが、そのほとんどは歩兵の構える大盾によって遮られた。


「戦列、前へ!」


 王軍は銅鑼をかき鳴らし、戦太鼓を連打。

 前線の歩兵たちの進軍を鼓舞する。



「……ん?」


 後方の高台で、馬上の人であったサワー宮中伯が異変に気付く。

 それは、命令通り前進する前線部隊と、前進しない前線部隊が現れたのだ。


「何をしておる!? 全軍前進させよ!」


「はっ」


 もともと王軍は練度が高く、基礎的な行軍ができないということはまずない。

 さらに言えば、今回は傭兵も少なく、高い統制が期待できたはずであったのだ……。

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