かつてオーウェン王国はファーガソン王国とソーク王国を、武力で実質上支配していた。
そして時代は流れ、ファーガソン王国とソーク王国の主はオーウェンの王が兼ねることとなり、オーウェン王国は連合王国を名乗るに至ったのである。
そして、元々チャド公爵はオーウェン連合王国の臣として、長らくファーガソンの地で代官を務めていた。
よって、チャド公爵はファーガソンの地に詳しく、さらに支配を確立すべく虐げられていたファーガソン王家のゆかりの者を多く雇っていた。
それゆえ、反乱後の統治もうまくいっており、さらには西の大国ガーランドと同盟を結んでいる強敵だった。
さらに、最近の王家との小競り合いには連戦連勝。
チャド公爵は着々と支配権における威信を高めていたのである。
「お目に書かれて光栄です」
私はチャド公爵に礼節をもって接した。
彼は白髪で細身の老人であるが、背は高くその眼光は鋭い。
私はその存在感に少し気圧されたのだった。
「あはは、ライスター卿。卿のケードでの武功はここまで鳴り響いているよ。お茶を持ってこさせるゆえ、そこの椅子に座りなされ」
「はい、恐れ入ります」
私が応接用の椅子に着席したのを見て、彼は執務用の椅子から立ち上がり、私の対面の椅子に座った。
「……で、ご用は何かな?」
「実は、……」
私は仮面を外し、王国打倒の勢力があることを伝え、その勢力と一緒に戦ってほしいと伝えた。
「条件は何かな? 我が方も何か得るものがないと家臣たちを説得ができないよ」
彼は威厳を保ちながら、かつ優しく丁寧に私に接する。
が、この条件こそが最大の難関だった。
我々は王家との戦に勝ったわけではない。
彼を満足させるようなものは、我らとしては、今は持ちえなかったのだ。
「そうですね。勝利の暁には、王宮の宝物庫を開け放ち、収蔵品の半分をお渡しします」
王宮は財政難であるが、それでも尚、多量の金銀宝石が蓄えられているとの話だ。
「うーむ、わしらは金が欲しいのではない。ファーガソン王家のゆかりの者たちに、守るべき土地を与えてやりたいのだ」
そう、貴族の大事なものとは、代々受け継がれる土地と屋敷だ。
特に高貴な家柄だと、金を渡すから商人でもやればいいというわけにはいかないのだ。
「では、我らが新しい王家を打ち立てた暁には、ファーガソンの地を正当なチャド家のものとさせて頂きまする」
ファーガソンの地はチャド家が実効支配しているが、あくまで反乱勢力としての支配である。
それを後継王家としては、正式に割譲し承認するとの申し出を行ったのだ。
「ライスター卿、卿は私を見くびっているのかね?」
やはりそうだよな。
家宰のモンクトン子爵には、このあたりの条件で手を打ちたいとのことだったが……。
「いえ、とんでもありません」
「では腹蔵なく言わせてもらおう。我らが求めるは、ソークの地だ」
……げ、そう来たか。
「では、ソークの地の西半分を割譲いたしましょう」
ソークの地の西半分。
それは現在の王家の支配地の四分の一に匹敵する巨大な領地だった。
これは、我々が譲歩できる最大限のモノだった。
「いや、ソークの全土を頂きたい」
「それは、さすがにご無体な……」
ファーガソンの地に加え、さらにソークの地まで与えては、チャド家は新王家より大きな領地をもつ巨大な勢力になってしまう。
それだけは何とか避けたかった。
「では、卿らだけで王家と戦いなさい!」
白髪の老人は目をつむり、冷たくそう言い放った。
こんな過大な要求は突っぱねたいところだが、それでは王家に対抗する戦力が足らない。
「少し熟考するお時間を……、空いている部屋を一つお貸し願いたい」
「よかろう」
私は公爵の執務室を辞し、メイドに来客用の部屋を案内してもらった。
◇◇◇◇◇
薄暗い部屋の中。
私は燭台の火を消した。
「風の妖精よ、この周囲に音の壁を作り給え!」
私は小声で魔法を展開。
こっそり盗み危機対策を行った。
そしてカバンの中から、遠見の水晶玉を取り出した。
水晶玉に姿を現したのは家宰のモンクトン子爵。
条件を煮詰めなおす時のために、事前に準備していたことだった。
「家宰殿、チャド公爵様はソークの地がすべてほしいとのことです……」
モンクトン子爵と私は爵位が同列だが、子爵として先任であるために上司であったのだ。
「馬鹿な! そんなことを承諾しては、新王家の支配地がオーウェン地方だけになるぞ! そうなれば我らに味方してくれた貴族に分ける土地がなくなるのだぞ!」
「わかっておりますが、チャド家の合力がなくば、王宮相手の戦争に勝てる見込みはかなり薄いです」
「……むむむ、致し方ない。とりあえずはその条件を飲むしかないであろうな」
「わかりました。その線で話を進めまする」
私はその後、チャド公爵の執務室に戻る。
そして、大きなテーブルに大きな地図を広げ、お互い争いの種にならないよう境界線を綿密に定めた。
「よかろう、これで共闘成立だ。盟約を結ぼうぞ!」
「はい!」
老人の言葉に私は頷き、羊皮紙に盟約の証を書き込んだ。
盟約は巧くいったが、遠見の水晶玉は使い過ぎにより壊れてしまったのだった。