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第139話……密約の使者

 統一歴569年7月下旬――。


 街道の周りの小麦畑が日の光を浴びて青々しい。

 私はそんな陽気の中、一路港町エウロパを目指していた。


「みんな仲良く食べてね」


「ぽこ~♪」

「がぉ~♪」


 ジェラーヴリクが包みを拡げ、昼ご飯を魔法タヌキなどに分け与える。

 二匹とも食べ盛りで食費が大変だ。

 とくにクママの成長は著しく、鳴き声に少しパンチが効いてきていた。


 今日の昼ご飯は、小さな町で買ってきた野菜のサンドイッチであった。

 少し贅沢かもしれないが、病み上がりなので栄養をとらねば……。


「そろそろ行くぞ」


「はい」


 私たちはそれからしばらくしてエウロパの街へとたどり着いたのであった。




◇◇◇◇◇


 エウロパの港町は活況を呈している。

 どうやら大きなクジラが水揚げされたようで、街の人たちは興奮仕切りの様子だ。


 そんな折、私はエウロパの街を抜け、見張り台を兼ねた政庁を訪ねた。


「お前は誰だ!」


 私は門番に止められる。

 確かに私は以前の服を焼かれているし、顔は誰かわからないほど焼けただれていたのだ。

 門番の判断は正しいといえた。


「ぽこ~♪」


「……はて? このタヌキはライスター卿のものでは?」


「そうだよ、生きて帰ってきたんだ」


 そういうと政庁の門番は、大慌てで建物の中に駆け込んでいった。

 すぐにイオが政庁の玄関まで迎えに来てくれた。


「……お、お前様なのですね!?」


「ああ、ちょっと遅くなりました」


 私が頭を掻きながらに、ただいまの挨拶。

 イオは私の眼に現れる魔法の印を覗き込んだ。


「やはり、お前様なのですね!? よかった!! よかった!!」


「ちゃんと足もついているよ。ちょっと皮膚が変だけどね」


 私がそういうと、イオの柔らかい体は私の腕の中で泣き崩れた。

 泣きじゃくる姿に、かわいいと思うも、少し申し訳ない気持ちが湧いてくる。


「まぁ、積もる話も中でしようじゃないか?」


「そうですね」


 イオは少し泣き止むなり、私たちを建物の中へと案内してくれたのであった。




◇◇◇◇◇


 ライスター卿生還――。

 この報は意外と早く伝播していった。


 報はアーデルハイトやナタラージャはもちろんのこと旧臣たちにも伝わり、その報に喜ぶ者、がっかりする者が半々といった感じであった。


 さらに三日後には、リル大公のもとにも情報が入ったのだ。


「そうか、ライスター殿はいきていたのか!?」


「……はい、忍び込ませた手の者は信頼できますゆえ」


 間諜から情報を得た大公は、大理石でできた机にて急いで書面を作成。

 蜜ろうで封をして、秘密の外交の使者をレーベに送ったのであった。




◇◇◇◇◇


 レーベ城、領主の間――。

 その大広間の領主の椅子にはイオの姿があった。

 その一段下がったところに、赤い絨毯が敷かれ、家臣たちが勢ぞろいして並んでいた。


 イオたちの生活の住処はエウロパにあったが、リルバーン公爵家の正式な本拠はここレーベ城にあったのだった。


 まずはケード連盟との外交の成果により、ライスター卿を子爵に取り立てる儀式が行われた。

 彼は軍務における働きも認められ、親衛隊長と軍参謀の任を兼任、ルビーであしらわれた勲章も授与されたのであった。


 そして、今日の本題は大公家からの書面についてである。

 その羊皮紙には、同盟の密約の締結とクロック王の打倒について書かれていたのだ。


「今こそ、前王家のご恩に報いるとき。すぐに同盟の締結を!」


 こう発言したのは現家宰のモンクトン子爵であった。

 前王家と親密な関係だった子爵はすぐにでも兵を起こしたいとの意気。


 さらには彼の指示により、リルバーン公爵家は秘密裏に傭兵を追加で雇っており、反乱の準備は現在進行形で進んでいたのであった。


「だが、二家だけの戦力では王家の打倒はむつかしい。さらなる加担者を見込まねば、ただただ鎮圧されるだけになるぞ」


 そう発言したモルトケが計算するに、大公家とリルバーン家が合力したとしても、王家の軍事力の約半分。

 さらにリルバーン家の領地は王都シャンプールに近く、優先的に討伐対象となる可能性が高かったのだ。


「西方のチャド公爵も誘っては如何かな? かの家が加担すれば、王家を挟み撃ちにできまするぞ!」


 若い準男爵の発言に苦言を呈したのは、軍務を預かるモルトケであった。


「ですが、西方のチャド家がどう出てくるか気になります。我々だけクロック王家と戦って、ほとんどの領地をチャド家に取られては目も当てられません」


「ふむう」


「では、とりあえず、チャド家に秘密裏に使者を送っては如何かな? 条件次第では頼もしい味方になるやもしれぬ」


「そうじゃのう」


 主に旧臣たちを中心に議論は進行。

 それらの意見をまとめ上げたのは家宰のモンクトン子爵であった。


「まずは、チャド家に使者を送る。その返事をもらうまでは同盟に加担しない。皆様方、それでよろしいいかな?」


「「異議なし」」


 本当はリルバーン家の当主の意見がもっとも重視されるべきだが、当主代行のイオはいつも家臣たちの合議に意見を挟まなかったのだ。

 そのため、最近は家宰であるモンクトン子爵が議事進行役となり、有力家臣たちの合議で方針が決まっていたのである。


「で、使者の選定だが……」


「その任は、ライスター卿でよいのではないか?」


 その家宰の発言に答えたのは、いつもは意見を挟まぬイオであった。


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