「ぽこ~♪」
「クマ!?」
なんだか喧しいな。
ところで一体、ここはどこだろう?
私がゆっくり瞼を開けると、そこにいたのは一人のみすぼらしい老人だった。
「目が覚めたか?」
「……えっと、どちら様ですか?」
私は痛みをこらえ、上半身だけ起こしながらに尋ねる。
「まだ無理せん方がいい。ゆっくり休みなされ」
「はぁ、有難うございます」
老人の言う通り、気を抜けば体中に激痛が走る。
自分の体を確かめると、全身が包帯で覆われていた。
「……そうだ。私は戦場で焼き殺されたはず。これは一体?」
「ほっほっほ、思い出しなさったか。二度目の命、大切にしなされよ」
そういうなり、老人は煙のようにどこかへと消え去ったしまった。
「御館様、お気づきになりましたか? 包帯をお取替えしますね」
老人と入れ替わりにやってきたのはジェラーヴリクだった。
「……ねぇ、私ってやっぱり一度焼け死んでいるよね?」
「そうですよ。蘇生には手間がかかっているんですよ」
彼女はぷーっと頬を膨らませ、拗ねてみせた。
「……そうか、彼女の父親はなにしろ上位種ドラゴンなのだ。何が起こっても不思議はないように思えたのだ」
彼女は慎重に私の包帯を外し、見たことのない謎の薬を塗りこんでいく。
びっくりしたのは薬ではなく、変わり果てた自分の肌だった。
焼け焦げた部分もあれば、謎の鱗が生えている部分もあった。
何やらいろいろな生物の皮膚を、たくさんつなぎ合わせて縫ってあったのだ。
「この鱗は一体?」
私は特に不思議に思った鱗の生えている部分を指さして言う。
「ええ、竜族の秘薬を塗ったので、いろいろと不都合は許してくださいね」
「……ああ、というか助けてくれてありがとう」
「いえいえ、大したことはしてないですよ」
……大したことはしていない?
彼女たちからすれば、人間の蘇生などもたやすいということか?
「でもね、蘇生の秘術は二度も使えないです。次は気を付けてくださいね」
「ああ、わかった」
なんだかよくわからないが生き返ったようだ。
周りを見回すと、ここは大きな洞窟のようであった。
日が差し込む方向を見ると、ポコリナとクママが楽しそうに走り回って遊んでいた。
魔法生物である彼らは、魔法の巻物の中に潜んでいたので無事だったのかもしれない。
それとも、私と同じく蘇生したのであろうか?
私は動きにくい体を引き摺り、痛みをこらえて洞窟の入り口まで這って進んだ。
外を見れば雲のはるか上。
どこぞの高山の頂上付近の断崖絶壁にある洞窟のようであった。
「御気が済みましたか? あと三日は寝て過ごしてくださいね」
「三日!?」
「はい、三日でいくらか傷はふさがると思います」
……竜の秘薬は凄いな。
だが、彼女に分けてくれと言えば、門外不出とのこと。
まぁやはり、そんなものであろうがね……。
私は三日間。
彼女の丁寧んな看病を受け、ゴロゴロと寝て過ごしたのであった。
◇◇◇◇◇
三日後――。
私の火傷はかなり癒えたようだ。
激しい痛みも少ない。
「!?」
だが、自分で包帯を外して唖然。
皮膚の上にスケイルメイルのように、金色の鱗がびっしり生えそろっていたのだ。
「……あの、これって?」
私は朝ご飯を運んできたジェラーヴリクに問うた。
「私もこの薬を人間に試したことはないのです。でもお顔には鱗はないみたいですね?」
そう言われて、私は慌てて鏡を見た。
醜く焼けただれた顔。
だがそれは見慣れた自分の顔であったのだ。
「……ふむ。夏でも長袖を着ておけば問題ないかな?」
「そう思います」
「私は蘇生して貰ったが、それに見合うだけのお礼はできないと思う。……でも何かあれば?」
「御屋形様のところで、毎日お薬湯ももらっていますし、ポコリナやクママにも遊んでもらっています。今までの暮らしができれば特に何もいりませんよ」
……確かに、ガンター先生の薬湯は彼女に効いているみたいなのだ。
たぶん、半分人間の血が入っているからであろう。
たしかに、彼女は以前より元気のようであるのだ。
私は昼ご飯を食べた後に話を切り出した。
「そろそろ、自分の家に戻りたいのだが、帰してくれはしまいか?」
「もうですか? もう少し休んでいかれては如何ですか?」
言葉とは違い、涙を浮かべながらに懇願するジェラーヴリク。
私にしばらくここにいてほしいのだろうか?
「わかった」
命の恩人の言葉は断れない。
私はもう少しこの広い洞窟生活を堪能することにした。
三食昼寝付きのこの生活。
体も全快ではなかったので、この機会にしっかり休むことにしたのだ。
夜は寒いので皆で身を寄せ合って寝る。
それはまるで一介の貧しい傭兵時代を思い出す懐かしさであった。
◇◇◇◇◇
凡そ一か月後――。
「そろそろ、帰るか!」
「ぽこ~♪」
「くま~♪」
流石にポコリナたちも退屈した頃合い。
私たちは帰ることに決めた。
誰に運んできてもらったのかは知らぬが、外は切り立った断崖絶壁である。
「出でよ! ミスリル銀の巨魁、ガウよ!」
私は焼け残った荷物から、召喚の魔法書を取り出しガウを召喚した。
地面に描いた魔方陣が光輝き、眩い光の中から、ミスリルゴーレムのガウを呼び出すことに成功したのだった。
「……ガウ?」
「すまんが、山の下まで運んで行ってくれ!」
「ガウ!」
私たちはガウに抱きかかえられながら、慎重に険しい崖を降りていったのであった。