統一歴569年5月――。
クロック王が治めるオーウェン王国はファーガソン地方の奪還を目指し、チャド公爵の勢力に対し度重なる軍事行動を起こしていた。
そのために王宮の財政はひっ迫。
統治下の貴族や民へは臨時課税などの重税が課されていたのであった。
「宰相よ、少し皆への負担を軽くしてはどうかな?」
「王様、ファーガソン地域の独立を黙認しては、他の地域でも反乱が起きかねません。王宮の威厳の為にも早くチャド公爵を屈服させるべきです」
「……ふむう」
だが、ファーガソン地域への強硬策を唱える宰相のサワー宮中伯の頭越しに、地方を治める貴族たちは王への陳情を繰り返していたのだ。
「王様におかれては何も心配することはありませぬ。どっしりと玉座にすわって、臣下の働きを見守ってくだされ」
「左様か、では宰相のよきにはからえ」
「かしこまりました」
王宮の方針は、王ではなく主にサワー宮中伯が決めていた。
だが、その専横に元クロック派閥だった若手貴族たちの幾人かも反発。
統治者として裏切る者には厳しい処罰で応じねばならない。
しかし、チャド公爵はガーランド商国の支援もあり、なかなか簡単に倒せる相手ではなかったのである。
◇◇◇◇◇
統一歴569年6月中旬――。
今年はイシュタール小麦の生育が悪く、各地で不作が予想された。
「申し上げます! リア子爵殿ご謀反!」
「なんだと!」
「それはまことか!?」
王宮に飛び込む急使の報告に、文官たちは一様に驚いた。
そもそもリア子爵の領地は王都シャンプールに近く、さらに言えば王家であるクロック家とは血縁だったのだ。
「すぐさまオルコック将軍に討伐命令を出せ!」
「はっ!」
この反乱は十日で鎮圧されたが、オーウェン連合王国の統治を激震させた事件だった。
これからというもの、王宮には三日に一度も小さな反乱の報が届くようになり、クロック王の統治は各所で深刻な綻びが出始めていたのだった。
◇◇◇◇◇
同時期――。
オーウェン大公領内、リル大公の館。
「大公様、リア子爵からのご使者が参りました」
「丁重にお通ししろ!」
「はい」
リルのもとに来たのはリア子爵の長男だった。
それだけもたらす話が重大であるということを現していた。
「……で、要件は何かな?」
「はい、まずはお人払いを」
「そうか、皆さがれ」
そうリルが言葉を発すると、侍女たちは退室していく。
「これでよかろう」
「はい、実はわが父は王家打倒を目指しております。それがかないました暁には、再び大公様に王になっていただきたく存じます」
「ゆえに加勢せよと?」
「……はい、それもできるだけ早くにお願いいたしたく」
「もう少し待て、時期が早いと余は思うぞ」
「恥ずかしながら、度重なる軍役で我が家の財政が破綻しかかっております。名門である我が家が商人たちに頭を下げるのは死も同じ。死して名誉を全うしたく存じまする」
「わかったが、もう少し待て」
そうリルが諭すが、子爵の長男は怒って帰っていったのであった。
「大公様、立つにはよき時期かと思われますが……」
初老の執事がそうリルに小声で伝えたが、
「余はあの男の帰りを待っているのだ」
「ライスター卿にございますか? 確かにあの方がおられれば戦においては鬼に金棒でございます。ですが、お亡くなりになったとお聞きしておりますが……」
「そうじゃ、確かに余の前で消し炭になった。だがその灰を見たこともない煌びやかな黄金竜が大事そうに抱えていったのだ。きっと帰ってくるに違いない」
「……左様でございますか」
初老の執事はそう言って部屋を出た。
黄金竜は人の前に現れることはほぼない伝説級のドラゴンである。
よって、リルの言うことも一理あるが、現場を見ていない初老の執事には到底信じられなかったのだった。
……ライスター卿がおらねば反乱は起こせぬ。
なぜなら、彼がおらねばリルバーン公爵家がこちらに付くかどうかわからぬのだ。
もし、王家側につけば我が方の負けは必定。
オーウェン家の存続のためにはばくちを打つわけにはいかぬのだ。
この頃――。
王家の治安部隊の給料が不足し、地方の村々を回る巡回の兵士の派遣が中止。
それを聞きつけた山賊たちが跳梁跋扈。
さらに言えば、山賊や盗賊になる民の姿も増えていったのであった。
そのため、オーウェン連合王国の治安は著しく悪化。
街道で次々に荷馬車が襲われ、生活必需品を含む物流は停滞。
そのため、物価が大幅に上昇し、民からは怨嗟の声が上がっている状況であった。
「王を倒せ!」
「新しい王の擁立を!」
このような庶民の声にこたえたのがリア子爵だったのである。
だが、リア子爵は有名な文化人ではあったが、武勇の素養は乏しく、オルコック率いる王軍に無残に敗北。
領地は没収となり、長らく続く名家が断絶する結果となってしまったのだ。
「お前様、私たちはどうすればいいのでしょうか?」
イオもまた武勇の素養はない。
軍務の主流派たる旧臣たちは、イオにどちらにもつかぬよう様子見を決め込むように進言。
そのため、リルバーン公爵家としても軍事行動を起こせる状態ではなかったのであった。