統一歴569年1月下旬――。
ケードの中心地ラムにおいては雪深い季節である。
「エウロパに帰るぞ!」
「ぽこ~♪」
例年、ケード連盟の軍事行動は主に3月中旬頃から。
そういう事情により、多くの傭兵たちも冬場は故郷に帰っていたのだ。
それに乗じて、私たちも帰郷。
むしろ、臨時宰相を辞めてもよかったのではないかと思ったが、殿下の仰せでしばらく継続となったのだ。
「ライスター卿、準備はよいか?」
「はい」
殿下一行は久々にエウロパの地を目指す。
唯一、ガンター先生だけは姫様の容態があまりよくないというので帰れない。
それに彼は今や、ケード連盟宗家の御典医様でもあるのだ。
私たちは雪深い街道を足早に駆け抜け、一時ジフの地で休息。
そのあと一気に南下し、一週間後にはエウロパの港町についたのであった。
◇◇◇◇◇
エウロパの地に到着後。
殿下とは別れ、私はイオの住む領主の館へと向かったのだった。
「だぁ~」
「オパール大きくなったな。よしよし」
遠見の水晶で姿を見ていたが、やはり愛娘に直に会えてうれしい。
「お前様、おかえりなさい」
「ああ、今回も無事に帰れたよ」
私は迎えに出てきたイオを抱きしめる。
もし老いてもイオとの関係は崩れないだろうと確信がある。
それだけ彼女の安心感は絶大だったのだ。
「もしお前様、このお嬢様はどちら様?」
ポコリナやクママが食堂へとダッシュする中。
取り残されたのは老竜の病弱な娘御だった。
「ああ、事情は後で話すが、面倒見てやってくれ。ちなみに人間と竜のハーフだ」
「……まぁ、お名前は?」
……そうだった。
私も名前は知らなかったな。
「竜族の娘、ジュラーヴリクと申します。奥様、どうぞよろしくお願いいたします」
「そうなのね、ジュラーヴリクさん。温かいご飯ができておりますわよ。どうぞこちらへ」
その後。
私たちは温かい夕飯へと誘わられた。
雪深い地を踏破してきただけあって、温かい豆のスープは特に美味しく、添えられたカモのグリルとともに、ほっぺたが落ちそうであった。
◇◇◇◇◇
ポコリナたちと騒がしい浴室を共にした後。
私は久しぶりにイオと寝室を共にした。
「……ねぇ、お前様」
「なに?」
何を強請られるかと思ったが、意外なことに話の話題は娘のオパールのことだった。
どうもクロック政権になって、リルバーン公爵家の地位は不安定らしい。
私と違って、イオは貴族の出であり、末永い家の存続が気になるらしい。
「……で、どうしたらいいの?」
「殿下の復権。そうでないと我が家は取り潰されてしまいますわ……」
……ぬ、意外に大きなことを。
昔のイオなら、そんな政治的なことを言ってこなかったのに。
やはり子供ができると母親は変わるもんだなぁ……。
「でもクロック閣下はいまや正式な王。殿下を立てたら反逆罪になってしまうよ。何か大義名分はあるのかい?」
「租税の大幅な増加で民は苦しんでおりますわよ。それにファーガソンの地域での戦争でチャド公に勝てておりませんわ。それに銀貨の価値が……。あ、お前様が久々に帰ってきてくれたのに無粋でしたわね」
「ん? ああ、気に留めておくよ」
その後。
私は燭台の明かりを消し、イオと原始の人類と同じ熱い営みを行う。
そして、汗まみれでまどろみの中に落ちたのであった。
◇◇◇◇◇
翌朝――。
エウロパの政庁にて、私はアーデルハイトを呼び出した。
「ゲイル地方の統治、まことにご苦労。さて、ジェアリーヴリクの件なのだが、どうしたものかな?」
「ありがとうございます。奥方様が朝から一緒に編み物に誘われておいてのようですよ。その件は任せてもよいのではないでしょうか? ……しかし」
「クロック王の統治政策の方が問題だと?」
「左様にございます。我が領のみならず、オーウェン地方やソーク地方において臨時徴税が乱発。さらにはチャド公爵対策の軍役も重うございます」
「……さらには、我が家を潰さんとしているのか?」
「はい、リルバーン家はイシュタル小麦の取れ高においては、王家直轄領に次いで王国二位。そして、明らかな反主流派。取り潰したい気持ちは手に取るようにわかりまする。早急に手を打たねばなりますまい」
「なるほど。あと、イオが銀貨について何か言っていた気がする。オーウェン連合王国銀貨になにかあったのか?」
私がそういうと、アーデルハイトは小銀貨をおもむろに二枚取り出した。
「これが以前の小銀貨。これが新しい小銀貨にございます」
「ふむう、明らかに新しい方が小さいな。額面は同じく10ラールか?」
「左様にございます。さらに純度も切り下がっております」
「よかろう。ゲイルで秘密に作っている小銀貨を、新しい小銀貨より小さく、そして純度を落として流通させてしまえ。さらに王国銀貨はそのうちゴミになると流言を流すのだ」
「そんなことをしてもよいのですか?」
「そうなれば、クロック政権が困るだろうな」
「さすれば、我が公爵家により早く王家から圧力がかかるのでは?」
私は赤い布を開き、遠見の水晶玉をアーデルハイトに見せた。
これは、魔力があれば遠い場所と連絡が取れる優れた品物だ。
「いままでどれだけ私がケードに助力してきたと思う? まぁ、私の苦手な政治分野だがね……」
私は事務仕事で堅くなった背を、偉そうに柔らかい背もたれにゆっくりと預けたのであった。