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第132話……エウロパへの帰郷

 統一歴569年1月下旬――。

 ケードの中心地ラムにおいては雪深い季節である。


「エウロパに帰るぞ!」


「ぽこ~♪」


 例年、ケード連盟の軍事行動は主に3月中旬頃から。

 そういう事情により、多くの傭兵たちも冬場は故郷に帰っていたのだ。


 それに乗じて、私たちも帰郷。

 むしろ、臨時宰相を辞めてもよかったのではないかと思ったが、殿下の仰せでしばらく継続となったのだ。


「ライスター卿、準備はよいか?」


「はい」


 殿下一行は久々にエウロパの地を目指す。

 唯一、ガンター先生だけは姫様の容態があまりよくないというので帰れない。

 それに彼は今や、ケード連盟宗家の御典医様でもあるのだ。


 私たちは雪深い街道を足早に駆け抜け、一時ジフの地で休息。

 そのあと一気に南下し、一週間後にはエウロパの港町についたのであった。




◇◇◇◇◇


 エウロパの地に到着後。

 殿下とは別れ、私はイオの住む領主の館へと向かったのだった。


「だぁ~」


「オパール大きくなったな。よしよし」


 遠見の水晶で姿を見ていたが、やはり愛娘に直に会えてうれしい。


「お前様、おかえりなさい」

「ああ、今回も無事に帰れたよ」


 私は迎えに出てきたイオを抱きしめる。

 もし老いてもイオとの関係は崩れないだろうと確信がある。

 それだけ彼女の安心感は絶大だったのだ。


「もしお前様、このお嬢様はどちら様?」


 ポコリナやクママが食堂へとダッシュする中。

 取り残されたのは老竜の病弱な娘御だった。


「ああ、事情は後で話すが、面倒見てやってくれ。ちなみに人間と竜のハーフだ」


「……まぁ、お名前は?」


 ……そうだった。

 私も名前は知らなかったな。


「竜族の娘、ジュラーヴリクと申します。奥様、どうぞよろしくお願いいたします」


「そうなのね、ジュラーヴリクさん。温かいご飯ができておりますわよ。どうぞこちらへ」


 その後。

 私たちは温かい夕飯へと誘わられた。


 雪深い地を踏破してきただけあって、温かい豆のスープは特に美味しく、添えられたカモのグリルとともに、ほっぺたが落ちそうであった。




◇◇◇◇◇


 ポコリナたちと騒がしい浴室を共にした後。

 私は久しぶりにイオと寝室を共にした。


「……ねぇ、お前様」


「なに?」


 何を強請られるかと思ったが、意外なことに話の話題は娘のオパールのことだった。

 どうもクロック政権になって、リルバーン公爵家の地位は不安定らしい。

 私と違って、イオは貴族の出であり、末永い家の存続が気になるらしい。


「……で、どうしたらいいの?」


「殿下の復権。そうでないと我が家は取り潰されてしまいますわ……」


 ……ぬ、意外に大きなことを。

 昔のイオなら、そんな政治的なことを言ってこなかったのに。

 やはり子供ができると母親は変わるもんだなぁ……。


「でもクロック閣下はいまや正式な王。殿下を立てたら反逆罪になってしまうよ。何か大義名分はあるのかい?」


「租税の大幅な増加で民は苦しんでおりますわよ。それにファーガソンの地域での戦争でチャド公に勝てておりませんわ。それに銀貨の価値が……。あ、お前様が久々に帰ってきてくれたのに無粋でしたわね」


「ん? ああ、気に留めておくよ」


 その後。

 私は燭台の明かりを消し、イオと原始の人類と同じ熱い営みを行う。

 そして、汗まみれでまどろみの中に落ちたのであった。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。

 エウロパの政庁にて、私はアーデルハイトを呼び出した。


「ゲイル地方の統治、まことにご苦労。さて、ジェアリーヴリクの件なのだが、どうしたものかな?」


「ありがとうございます。奥方様が朝から一緒に編み物に誘われておいてのようですよ。その件は任せてもよいのではないでしょうか? ……しかし」


「クロック王の統治政策の方が問題だと?」


「左様にございます。我が領のみならず、オーウェン地方やソーク地方において臨時徴税が乱発。さらにはチャド公爵対策の軍役も重うございます」


「……さらには、我が家を潰さんとしているのか?」


「はい、リルバーン家はイシュタル小麦の取れ高においては、王家直轄領に次いで王国二位。そして、明らかな反主流派。取り潰したい気持ちは手に取るようにわかりまする。早急に手を打たねばなりますまい」


「なるほど。あと、イオが銀貨について何か言っていた気がする。オーウェン連合王国銀貨になにかあったのか?」


 私がそういうと、アーデルハイトは小銀貨をおもむろに二枚取り出した。


「これが以前の小銀貨。これが新しい小銀貨にございます」


「ふむう、明らかに新しい方が小さいな。額面は同じく10ラールか?」


「左様にございます。さらに純度も切り下がっております」


「よかろう。ゲイルで秘密に作っている小銀貨を、新しい小銀貨より小さく、そして純度を落として流通させてしまえ。さらに王国銀貨はそのうちゴミになると流言を流すのだ」


「そんなことをしてもよいのですか?」


「そうなれば、クロック政権が困るだろうな」


「さすれば、我が公爵家により早く王家から圧力がかかるのでは?」


 私は赤い布を開き、遠見の水晶玉をアーデルハイトに見せた。

 これは、魔力があれば遠い場所と連絡が取れる優れた品物だ。


「いままでどれだけ私がケードに助力してきたと思う? まぁ、私の苦手な政治分野だがね……」


 私は事務仕事で堅くなった背を、偉そうに柔らかい背もたれにゆっくりと預けたのであった。

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